自宅に帰って早々にお風呂に入ってベッドに横になった。ケータイを取り出して長いこと迷ってから、メールの作成画面を開いた。
『お休みですね。もしかしてお酒飲んでますか?』
枕に半分顔を埋めながら画面を見つめ続ける。返信はすぐに来た。
『うん』
『夕飯はなんですか。私はパスタを食べました』
くだらないな。思いながら送信する。
『なんか、中華?』
『わたしって、どんな子ですか?』
躊躇して指が震えた。ゆっくりと、力を込めて送信ボタンを押す。泣きそうになりながら返事を待つ。さっきと変わらぬ間で返事が届く。
『真面目な良い子だと思う』
「……」
涙が出てきた。良い子なんかじゃない。心が狭くてひとつの側面でしか人を見れない。それでいいと思ってる自分がいる。だって、そんなに何もかも受け入れたりできない。自分が混乱してしまう。
続けて着信音がして美紀は手の甲で涙をぬぐった。由梨からだろうか。
「……」
また工藤からだった。今まで返信以外でメールしてくることはなかったのに。
『面接に来たとき、遂に学卒が来たか、ほんとに就職難だなって思った。仕事の様子を見て、さすがに優秀だなって感心した』
少し驚いて、文面を何度も見ていたら、もう一通届いた。
『俺が教えたとき、舌打ちしそうな顔してた。あ、こいつ実は短気だなって思った』
美紀は目に涙を浮かべたまま笑ってしまった。そしてもう一通。
『そういうの含めて、ふつうに良い子だよ』
傾倒するってこういうことだろうかと思う。心のよりどころが工藤のメールになってしまった。
吉田がいなくなり美紀の負担が増えた。補充で移動してきたベテラン社員でも吉田ほどこなせない。吉田からいちばん教えを受けていた美紀が頼られるのは「ふつう」なことだ。
『今日、頑張りましたよね』
『まあ、ふつうに』
『褒めて下さい』
『ふつうにエライ』
こんなの「ふつう」のやり取りだ。不倫なんかじゃない。だけど由梨に「プチ不倫」なんて言ってしまったのは、自分からその言葉を口にして歯止めにしたかったからだ。
「美紀ちゃんはそんなことしないよ」
びっくりした顔をした後、カップを置いた由梨は目をぱちぱちさせてそう言った。
「できないでしょ」
嬉しかった。やっぱり由梨は親友だ。それならやっぱり、由梨に対して後ろめたく思うようなことはもうやめるべきだ。そう思っても。心は傾く。
自宅に着いてスカートの裾に気をつけながら自転車を置いていると、ちょうど父親も帰ってきた。クルマから降りてくるなり、
「なんだ。そんなヒラヒラした格好で仕事に行くのか」
たまに話したと思ったらこれだ。
「男ができたなら連れてこいよ。判定してやる」
偉そうに。ムカッとしたが、
――好きな人できたら教えてよね。
そう由梨に念を押したときの自分と同じ心持かと思ったら、少しだけ怒りが引っ込んだ。