そんなはずはない。そんなはずはないけど、メールを送っていることを責められている気がした。気が咎めるような内容じゃない。なんてことない挨拶メールだ。だけどメールのことを由梨に話さないでいるのは、後ろめたいと思ってるからじゃないのか。

 その夜は工藤にメールしなかった。代わりに崎谷の誘いにオーケーの返事を送った。




 翌日の土曜の夜、オープンしたばかりのパスタ店で待ち合わせをした。元々はアジアン風を売りにしていた居酒屋の建物を再利用した店で、内装は何も変わっていないことに笑ってしまった。

 夕方の五時だったから店内はまだ空いていた。崎谷も美紀もおすすめコースを頼んでゆっくり食事しながら話をした。といっても一方的に話をしているのは崎谷で、美紀の舌は料理を味わうことに終始していた。
 寡黙だったバーベキューのときとは打って変わって崎谷はよく話した。それもそうだろう。積もり積もったものがあって美紀を呼び出したわけだ、体のいい愚痴の相手にされてしまったな。

 後悔したけど仕方なく美紀は話し相手に徹する。研修を終え配属先が決まったが希望の場所ではなかったという不満から始まり、今の仕事場の人間関係を説明した後、崎谷は身の上話を始めた。
「うちはオヤジがいないからさ」
 当然、美紀は由梨の顔を思い浮かべる。どうしても由梨と比較しながら崎谷の話を聞いてしまう。デザートの小さなティラミスを食べる頃には、美紀は呆れかえっていた。駄目だ、この人は。

 成績は悪くはなかったけど家庭教師をつけている連中にいつも負けた、うちは金がないから。大学に行きたかったけど諦めてバイトしながら専門学校に行った、うちは金がないから。遠方にもっと待遇の良い就職先が決まっていたが諦めた、母親をひとりにできなかったから。そうやって、生まれ育ちのせいにして、あんたは何も努力しなかったのか。その言葉をコーヒーと一緒に呑み込み、美紀は悔しくて目頭が熱くなった。

 由梨は違う。決して人のせいにしたりしない。寂しそうに悲しそうに、諦めの色をにじませることはあっても誰も責めたりしない。受け入れて、自分の力で立ってる。

「あたしの友だちはそんなふうに言ったりしない」
 ぼそっとつぶやきが落ちてしまった。崎谷は聞き取れなかったらしくコーヒーカップを持ってきょとんとしている。

「おなかいっぱい。もう行きましょうか」
 美紀は伝票を持って立ち上がる。かっきり割り勘にして店を出て別れた。二度と会うもんか。そう思った。