一日に一往復だけのやり取りが続き、字数は段々と増えていった。最初は挨拶にすぎなかった一言から、やがてそこに質問を付け足すようになった。
『コーヒーは好きですか?』
『タバコは一日何本吸うんですか?』
『いつも読んでる新聞はどこの?』
『お酒は毎日?』
『何時に寝るんですか?』
『映画は見ますか?』
ほんの遊び心から始まったことだった。
『ふつう』
『わからん』
『日経』
『そうだな』
『十二時』
『ふつうに』
そっけなく短い分きちんと答えてくれている気がして質問を止められなくなった。毎日毎日ピースを集めて組み立てていくのが楽しみだった。
それから、続けて自分のことを返すようになった。
『私は寝つきが悪くて』
『昨日の深夜テレビで見た映画がとても良かったです』
『高校生の頃は数学が好きでした』
『友だちは少ないです。でも親友がいます』
それに対しては相槌の返信が届くこともあれば、なんの反応もないこともあった。期待はしていない。ただのつぶやき。それで良かった。
崎谷からのメールはバーベキューの後に届いた一通のみで、彼のリアクションはそれきりだった。職場に戻れば皆自分の仕事に集中して浮ついた会話などしない。
更に一週間で研修を終え崎谷はまた別のフロアに移っていった。正直ほっとした。ところが完全に油断した頃になって食事の誘いを受けた。
『いつでも良いので、ごはん行きませんか?』
断ろうと思った。どういうふうに返事を返そうかと頭を悩ませていると、吉田に呼ばれた。
「あのね、美紀ちゃん。良かったら、今度の金曜日ご飯食べに行かない?」
「行きます!」
いちもにもなく答えた。
「よかった。何が食べたいか考えといてね」
なんて嬉しいお誘いなのだろう。それで崎谷への返事のことなど吹き飛んだ。
約束の夜、結局場所はファミレスになった。ゆっくり話ができる場所を選んだのだ。
「あのね、わたし赤ちゃんができたんだ」
告げられたことは衝撃だった。だからもうすぐ産休に入ること。美紀ちゃんはよくしてくれたから個人的にきちんと伝えたかったこと。
かろうじて、おめでとうございますくらい言えたと思うが、ショックで自分がどう反応したかは覚えていない。
「二年で復帰するつもりだけど、今のフロアには戻れないだろうから。みんなそうなのだよね。工藤くんの奥さんなんか、それが嫌で退職しちゃったくらいで……」
そこで初めて頭が回り始めた。
「わたしたちみんな同期だから」
「あ、それで仲いいんですね」
「工藤くんとわたし? 仲良しなわけでもないと思うけど」
首を傾げてほうじ茶をすすりながら吉田は微笑んだ。
「良い子なんだよ。工藤くんの奥さん」
『コーヒーは好きですか?』
『タバコは一日何本吸うんですか?』
『いつも読んでる新聞はどこの?』
『お酒は毎日?』
『何時に寝るんですか?』
『映画は見ますか?』
ほんの遊び心から始まったことだった。
『ふつう』
『わからん』
『日経』
『そうだな』
『十二時』
『ふつうに』
そっけなく短い分きちんと答えてくれている気がして質問を止められなくなった。毎日毎日ピースを集めて組み立てていくのが楽しみだった。
それから、続けて自分のことを返すようになった。
『私は寝つきが悪くて』
『昨日の深夜テレビで見た映画がとても良かったです』
『高校生の頃は数学が好きでした』
『友だちは少ないです。でも親友がいます』
それに対しては相槌の返信が届くこともあれば、なんの反応もないこともあった。期待はしていない。ただのつぶやき。それで良かった。
崎谷からのメールはバーベキューの後に届いた一通のみで、彼のリアクションはそれきりだった。職場に戻れば皆自分の仕事に集中して浮ついた会話などしない。
更に一週間で研修を終え崎谷はまた別のフロアに移っていった。正直ほっとした。ところが完全に油断した頃になって食事の誘いを受けた。
『いつでも良いので、ごはん行きませんか?』
断ろうと思った。どういうふうに返事を返そうかと頭を悩ませていると、吉田に呼ばれた。
「あのね、美紀ちゃん。良かったら、今度の金曜日ご飯食べに行かない?」
「行きます!」
いちもにもなく答えた。
「よかった。何が食べたいか考えといてね」
なんて嬉しいお誘いなのだろう。それで崎谷への返事のことなど吹き飛んだ。
約束の夜、結局場所はファミレスになった。ゆっくり話ができる場所を選んだのだ。
「あのね、わたし赤ちゃんができたんだ」
告げられたことは衝撃だった。だからもうすぐ産休に入ること。美紀ちゃんはよくしてくれたから個人的にきちんと伝えたかったこと。
かろうじて、おめでとうございますくらい言えたと思うが、ショックで自分がどう反応したかは覚えていない。
「二年で復帰するつもりだけど、今のフロアには戻れないだろうから。みんなそうなのだよね。工藤くんの奥さんなんか、それが嫌で退職しちゃったくらいで……」
そこで初めて頭が回り始めた。
「わたしたちみんな同期だから」
「あ、それで仲いいんですね」
「工藤くんとわたし? 仲良しなわけでもないと思うけど」
首を傾げてほうじ茶をすすりながら吉田は微笑んだ。
「良い子なんだよ。工藤くんの奥さん」