「なんでアンタがまじんだよ」
 げらげらとおじさんが張り倒したときには赤外線通信で工藤のデータが表示されていた。美紀はとっさに登録を押す。

「いってーな、いいじゃんか」
 酔っているのだろうか。その割には涼しい顔で工藤はケータイをしまって元の場所に座りなおした。次のビールを開けて飲み始める。もう美紀の方は見向きもしない。
「あ、じゃあ。後でメールするから」
 崎谷の言葉は美紀の耳に入っていなかった。



「もー。酔っ払い! 帰るよ」
 女性社員たちが工藤とおじさんの背中を叩いて車に押し込んでいる。大型のバンのトランクに荷物を積むのを手伝った美紀に、吉田が「お疲れさま」と息をついた。
「手伝ってもらってありがとう」
「当然です」
「楽しかった?」
「はい」
 これは本当だ。職場の人たちの普段とは違う姿が拝めたのだから。

「それじゃあ、また会社で」
 バンの運転席から手を振る吉田と、その後に続く軽自動車のおばさんたちに手を振って見送り、美紀も自分のクルマに乗って海岸の駐車場を後にした。

 家に戻ると顔が真っ赤だと母親に驚かれた。帽子をかぶっていたから日焼けはそれほどしていないはずだが。汗をかいたしシャワーを浴びてさっぱりした。
「海岸はそんなに暑かった?」
「だって、遮るものが何もないんだよ」
 リビングで母親が買っておいてくれたアイスクリームを食べているとケータイの着信音が鳴った。

『今日はお疲れさまでした』
 崎谷からだ。かなり悩んだ後、美紀はあたりさわりなく返事を返した。そしてもう一件の新規のアドレスを呼び出す。

『今日は誘って頂いてありがとうございました。ごちそうさまでした』 
 送信ボタンを押すときドキドキした。こんなにドキドキするのは久し振りだ。送信中の表示を見つめながらキャンセルしたい衝動にかられる。送信完了の文字が目に入ったときには、メールを送ったことをもう後悔していた。どうしてメールしたんだろう。こめかみがどくどくしていた。

 自分を落ち着けるようにバニラのアイスクリームを口に運ぶ。焼きバナナの味を思い出す。あれはとても美味しかった。由梨に教えたい。そうだ、連休中に食事に誘わなければ。どうせ暇してるに決まってるんだから。

 明るい気分になってケータイを手に取ったとき、メール受信中の画面になった。息を止めて見つめる。着信音が鳴る前にメールボックスを開く。工藤の名前があった。
『おう。お疲れさん』
 それだけ。返事が来たことが意外で、美紀はその短い文面をしばらく見つめていた。