その頃、接客業に嫌気がさした由梨も工場勤務を始めた。一人一人が工程の作業を分担する美紀の職場と違い、由梨のところはオートメーションの流れ作業らしい。そのくせ検査という個人の資質を問われる作業内容で、それ自体はいいのだが環境が良くないと由梨はこぼしていた。

 人間関係て大事だな。自分の職場は大人ばかりで良かった。女性が多く若い男性作業員など一人しかいない。だから由梨に「いい人はいないのか」と訊かれても「いない」とすぐに答えた。




「今度のバーベキュー美紀ちゃんも来るでしょ」
 吉田に誘われて戸惑った。会社の納涼祭や、課の忘年会などに美紀は出席したことがない。
「フロアだけの親睦会だもん」
 小首を傾げて吉田は笑った。
「たまにはやるかって、珍しく工藤くんが。だからおいでよ。美紀ちゃんだって同じ職場の仲間なんだから」

 その言葉が素直に嬉しくて、当日おずおずしながら顔を出した。かんかん照りの海岸で、風が少し強かった。吉田に教えてもらっていたから、鍔の広い帽子に日焼け止めを念入りに塗って行った。

 数人いる男の人たちは、タオルを頭に巻いて濃い色のサングラスをかけ鉄板に向かっていた。その周りで女性たちがああだこうだと焼き方を指図している。それだけで楽しそうだった。
「ぎゃあぎゃあうっせえな」
 特にガラが悪いのが工藤だった。黙っていれば知的でクールな顔立ちなのにがっかりだ。

 日差しの強さにやられてお肉を食べる気にはなれなかった。おばさんたちは大きな声で楽しそうにしゃべりながらモリモリ肉をたいらげている。ここに由梨がいたらリスみたいに肉を頬張っていただろうなと思う。

「マシュマロとかバナナも持ってきたよ。焼いてもらう?」
 お茶ばかり飲んでいる美紀に気遣って吉田が声をかけてくれる。
「バナナですか?」
「焼きバナナ。美味しいんだってよ」

 吉田は工藤のところへ行って、網の上に皮のままのバナナとホイルに包んだマシュマロを置いた。そのまま待ちながらトンクを持った工藤と話している。仲の良さそうな様子に美紀はじとっとふたりを見つめる。

 しばらくしてから、吉田は皿の上に真っ黒なバナナととろけたマシュマロを載せて美紀のそばに戻ってきた。
「食べてみよ」
「ありがとうございます」