心配していると由梨の班のリーダーが時間ギリギリでやって来た。この人はいつもそうだ。
「むっちゃん来たね。じゃあ帰るよ」
 夜勤メンバーが立ち上がる。
「お疲れさまです」
「お疲れー」

 睦子だからむっちゃん。皆にそう呼ばれている先輩は、夜勤メンバーにひらひら手を振る。
 四つ年上なのだがどうにも子どもっぽいところがある人だと由梨は思っている。若い頃からこの職場で働いているベテランだから仕事のことはなんでも訊けるが、なんだかあやふやなところがある人なのだ。皆が頼りにするほど由梨は彼女を信用できない。

「むっちゃん、おはよー。あのね、小田くんがねえ」
「えー。なになに? なんの話してたの?」
 現に今も若いふたりに呼ばれ、いそいそとおしゃべりの輪の方へ行ってしまった。由梨はため息を噛み殺してひとりで先に検査ステーションに入る。

 前工程のクリーンルームに繋がる扉の向こうから、AGV(無人搬送車)が走行時に鳴らす電子音楽の旋律が微かに聞こえてくる。あちらでは朝の点検が終わって稼働し始めているのだ。こっちもぼやぼやしてられない。

 端末の初期画面には数字のナンバー表がある。由梨が自分の検査員番号を押して立ち上げると、検査開始画面に切り替わる。そのとき遮光カーテンの向こうから唐突に声を投げかけられた。
「最初の四トレイで昨日のロットは終わりだって」

 低い声に慌てて腰を屈めてカーテンの向こうを見上げると、組み立て係の白井が防塵帽とマスクの隙間から由梨を見下ろしていた。前工程の作業員から聞いて知らせてくれたのだろう。
「あ、うん。ありがとう」
 返事をする間に前工程からの自動扉が開いて『コロブチカ』の旋律が特大音量で流れ出す。と同時に暗がりからAGVが滑り出してくる光景はなかなかにシュールだ。

 前工程からの長い通路を辿って外観検査係のステーションへと製品を運んでくるコロブチカのAGVは、台車にトラバーサーが載っているだけの簡単なつくりだから、組み立て係で使っている覆い付きのAGVよりも動きが素早い。おしゃべりしていた女子たちも慌てて動き出す。

 由梨はしゃがんだまま、ステーションの製品受け入れ口で停止したAGVがプッシャーを上げ、コンベアを回して製品の載ったトレイを搬入する様子を眺めていた。
 由梨はAGVやロボットの動きを眺めるのがけっこう好きだ。かいがいしくて可愛らしく感じる。