朝食を急いで食べた後、美紀は念入りにメイクをする。やりすぎないようナチュラルメイクに徹してはいるが下地やパウダーでふんわりと肌の質感を強調し、チークやハイライトで陰影をつけて若々しい魅力をアピールできるよう頑張る。

 ひざ丈の清楚なスカートに肌色のストッキングを合わせる。精密電子機器を扱う美紀の作業フロアではストッキングは着用禁止だ。更衣室で脱がなければならない。それでも美紀はストッキングをはく。いろいろ試した結果、このスカート丈にこの色のストッキングがいちばん足がすんなりと見えるのだ。

「自転車なのにまたスカートはいて」
「人の自由でしょ」
 地域で随一の進学校に通う高校生の弟とは家を出る時間が重なる。美紀が気をつけて自転車を引き出す間に、弟は勢いよく住宅街の坂道を下っていく。マイカーを持っている美紀ではあるが、職場ではエコ通勤を奨励しているから仕方ない。これもポイントアップのためだ。

 この坂道を下って国道を渡れば職場はすぐそこだ。正門の向かいに位置する駐輪場に自転車を停め、通門証を首から下げて敷地内に向かう。
 駐車場の方から続々と従業員たちが出勤してくる。美紀はちらちらとそっちを窺いながら歩く。現場の直接の上司の工藤が歩いて来るのを見つけた。美紀は歩く速度を緩めて工藤と合流する。

「おはようございます」
「うん」
 クールな面差しで見ようによっては男前なのに、彼はいつも寝ぐせをつけたまま出勤してくる。理知的な雰囲気なのにフランクな話し方なのも堪らない。
 工藤は同じく行き会った別の男性社員と話しながら建物の方にどんどん行ってしまった。だがこれで満足だ。仕事で化粧が崩れる前に会えた。自慢の足を見てもらえた。

 にまにましながら美紀も建物に向かい女子更衣室に入る。薄い緑色の作業着に着替えるためにストッキングを脱ぐ。
 そうしながら、昨日カミングアウトしたときの由梨のびっくりした顔を思い出した。面白い顔だった。いつもそうだ。由梨は素直で可愛い。良さそうなカレシができて良かったと心から思う。




 美紀と由梨が出会ったのは高校受験の筆記試験会場だった。試験の合間の休み時間、短期スクールで仲良くなった女の子の顔を発見し声をかけると、その子と一緒にいたのが由梨だった。同じ中学の友だちだという。

 試験の再開時間が近づいて受験番号の席に戻ると、前の席に座ったのがやっぱり由梨だった。
「頑張ろうね」
 合間合間に声をかけ合い、
「お互い受かるといいね」
 終わった後にはそう笑い合って別れた。

 そして無事合格できた高校の入学式で、クラスごとの出席番号順で前に座っていたのも由梨だった。そんな縁があったからふたりはすぐに仲良くなった。