涙も出ない。ただ苦しい。沈黙が澱む通路にコロブチカの電子音が鳴り響いた。満タンで元気になったAGVが製品を載せてすごい勢いで走行してくる。
 ふたりは立ち上がってとっさに両サイドに別れる。AGVが自動扉を開けて明るい方へとさっそうと走り出して行く。引っ張られるように由梨も後について通路を出た。小田は後には続かなかった。




「辞めるってよ」
 睦子ががっかりしてるのかそうでもないのかわからない調子で話しに来たのは、数日後のことだった。食堂代わりの小さな会議室でおにぎりを頬張りながら由梨は黙って聞いていた。

「結婚するなら派遣は辞めて知り合いのスーパーに店長候補で修行に行けって、お父さんに言われたって。工程管理者に上り詰めても所詮は派遣扱いなんだねえ」
「……」
「小田くんも小田くんだよ。もうちょっとこう、反抗しないのかなあ。……無理か。カノジョとお父さんの言いなりなんだろうな」

 レールの上にいるのは自分じゃないか。その言葉をおにぎりと一緒に由梨は呑み込んだ。

 かっきり一か月後に小田は退職した。泣いちゃうから送別会は勘弁してください。最後の最後にそう主張した。僕なんか見送ってもらわなくていいです。

 バカだなあと思った。誰ともぶつからないようのらくらとして、最後には跡も残さず消えることを望むのか。それですむはずがないのに。

 傷つかなくてもしこりは残った。最悪な形で。自然に取れるのを待つのはとても時間がかかりそうだ。

「あんた振られたでしょ?」
「振られたっていうのかな……」
 きちんと振ってももらえなかった。恋に恋して自滅したときと何も変わらない。
「男を見る目がないんだよ」
 確かに。いつもはムカつく母親のはすっぱな言葉が胸に染みた。
「もっとたくさん男を知らなきゃダメだよ」
 それは無理だ。メンドクサイ。

「白井くんがいるじゃん」
 美紀は美紀で、こともなげに言ってくれたけど。
「そんなの虫が良すぎだって」
 自分で言って由梨は小さく笑う。あっちかダメならこっち、なんてそんなこと。
「そうかな。みんなやってることだよ」

 いつものファミレスの席で口を尖らせた美紀は、ひと呼吸置いてからつぶやいた。
「あんたには無理か」
 由梨は黙って自分のパフェからマロンをすくい、親友に食べさせてあげた。

 職場では当然のように睦子が工程管理者に繰り上がり、今まで彼女がやっていた日勤での事務をやってもらえないかと声をかけられたが、由梨は丁寧に断った。AGVのような自分には現場の流れ作業が合っている。
 次に声をかけた白井にも断られたらしく、睦子は一手にデスクワークを担う覚悟を決めた。バイタリティのある睦子ならなんとかこなすだろう。