ぐるぐるとそんなことを考えてしまう自分を叱咤して残業を終えた。絵里香たちと疲れたねーと言い合いながら上がっていくと、休憩時間らしい白井が自販機でコーヒーを買っているところだった。
「コーヒー奢って」
 さっそく絵里香が軽くたかる。
「いいよ」
「え、なに。気持ち悪い……」
 引いている絵里香を尻目に白井は由梨ともうひとりの子の分も缶コーヒーを買ってくれた。




 翌日出勤してきた小田は、自ら面白おかしく事故処理の詳細を語って、いじられるために自らネタを振ったりしていた。絵里香がしたように笑い話にしてすませたいのだろう。わざとらしさを感じはしたが自分を装う元気があるだけいいのかと、由梨は思った。

 クリーンタイムの時間、由梨は『禁じられた遊び』のメロディに気がついた。塗工のコロブチカのAGVがバッテリー切れを訴えているのだ。
 暗い通路に入って由梨はバッテリーを交換する。再起動すると引き返す途中だったAGVは、コロブチカの旋律を奏でながら暗がりをマイホームの塗工係の方へ走っていった。

 磁気テープに沿って進んでいくAGVをしゃがんで見送っていると、上から声が降ってきた。
「余計なことしなくていいって言ったのに」
 防塵帽とマスクの間の茶色の瞳が、今は黒々として見えた。小田は、由梨の脇にしゃがんで同じように奥の通路を曲がっていくAGVを眺めて言った。

「由梨ちゃんてAGVみたいだよね」
 どういう意味。
「決まったレールの上からはみ出さず一生懸命頑張ってる」
 馬鹿にされたと思って頬が熱くなる。
「いじらしくて可愛いんだよね」
 由梨の方を見向きもせず小田は淡々と続けた。

「僕だってわかってる。なあなあですませようとしたって限界があるんだ。本気でぶつからなきゃならないときがある。でも僕は……」
 顔を見合わせて距離が近いことに驚いた。由梨は思わずしゃがんだ体勢のままじりじり後退る。それを見て小田は目を細めた。
「襲ったりしないのに」
「そういうわけじゃ」
「僕なんか無害だからね。だからむっちゃんに誘われたって平気だよ」

 意味がわからなくて由梨は表情のわからない相手を見つめる。
「ほんとに好きかそうじゃないかくらいわかるよ。だから行かない。ほんとに好きで誘われたなら、違うだろうけど」
 何言ってるの? 頭が凍りついたままわけもわからず、だけど由梨は目を逸らせなかった。小田の目は相変わらず水のようだ。答えなんか映っていない。

 どうしてこんなこと言うの。試しているの? そう思ったら由梨は哀しくなった。なんの答えにもなっていないこんなことを言われたって、本当には傷つかない。自分は結局、彼にとってあやふやな存在なんだ。