それを聞いたときにはただ驚いて、組み立て係のAGV(無人搬送車)の進路を妨害しエラー停止させてしまった。
「あ……」
慌てて手動に切り替え前進のボタンを押す。
この大きなマイムマイムのAGVは、再起動するのに原位置である自動組み立て装置の入庫口まで戻さなければならない。制御盤のパネルを確認していた白井がエラー音に気づいてこっちに来る。
「ごめん」
「いいっすよ」
やりとりが落ち着いたのを見やって、パソコンデスクの前の睦子が再び話し出した。
「怪我とかないんだよ。ひっかけちゃった原付のおばさんの方も、転んだときの擦り傷程度でどこも異常はないって」
「小田さんの事故の話っすか」
白井に頷いて睦子はくちびるを曲げる。
「だから早く帰りなよって言ったのに」
昨日。組付け済み製品の移動前の最終検査で不具合が見つかって、遡って三日間の全ての製品をバックチェックすることになった。フロアに運び込まれたコンテナボックスの山はパレットの枚数でいうと二十枚。何事かと思った朝勤の由梨たちも、頼まれて二時間残業した。
目視で確認するだけだから簡単に数はこなせるが、コンテナボックスを運んだり梱包しなおしたりが大変だった。今日もまだ半数ほどが残っていて由梨たちは残業する予定だ。
小田は昨夜、十時すぎまで残ってひとりで作業を続けていたらしい。
「別に小田くんの責任じゃないのに」
そう話す睦子は七時には帰宅したそうだ。大雨の予報だったから自宅が少し遠い小田にも帰るよう促したのに。
「頑固だからねえ」
睦子は口をへの字に曲げる。
小田が帰る頃には土砂降りの激しい雨で視界が相当悪かったらしい。工場街を抜けた先、八重桜の樹が立つ交差点をすぎた所、影になった電柱に気を取られ原付バイクに気がつくのが遅れた。そして原付のミラーをひっかけてしまったそうだ。
「すぐ謝っとけばよかったんだよ。なんか、言い訳しちゃったみたいでさ」
それで話がこじれたらしい。保険会社に対応に入ってもらうまで大変だったようだ。今日はその女性の診察に付き添っているらしい。それで休みを取っていたのだ。
「要領悪いなー」
絵里香が笑い話ですまそうとしたのか明るく笑う。いつもだったらそれに乗るはずの睦子は思わせぶりに言った。
「悩みが多いからしょうがない」
由梨は青ざめる心地がした。どうしよう。自分が困らせてしまったのだろうか。仕事のこと、カノジョと結婚のこと。彼の悩みはたくさんあって由梨のことなんてちっぽけなことだろうけど、余計な心配を増やしてしまったのではないだろうか。
もう好きじゃないからどうでもいいと伝えるべきだろうか。嘘でもそう伝えてけりを付けるべきだろうか。何をどう思われてもいいから、もう、嫌われてしまった方がすっきりするんじゃないのか。
「あ……」
慌てて手動に切り替え前進のボタンを押す。
この大きなマイムマイムのAGVは、再起動するのに原位置である自動組み立て装置の入庫口まで戻さなければならない。制御盤のパネルを確認していた白井がエラー音に気づいてこっちに来る。
「ごめん」
「いいっすよ」
やりとりが落ち着いたのを見やって、パソコンデスクの前の睦子が再び話し出した。
「怪我とかないんだよ。ひっかけちゃった原付のおばさんの方も、転んだときの擦り傷程度でどこも異常はないって」
「小田さんの事故の話っすか」
白井に頷いて睦子はくちびるを曲げる。
「だから早く帰りなよって言ったのに」
昨日。組付け済み製品の移動前の最終検査で不具合が見つかって、遡って三日間の全ての製品をバックチェックすることになった。フロアに運び込まれたコンテナボックスの山はパレットの枚数でいうと二十枚。何事かと思った朝勤の由梨たちも、頼まれて二時間残業した。
目視で確認するだけだから簡単に数はこなせるが、コンテナボックスを運んだり梱包しなおしたりが大変だった。今日もまだ半数ほどが残っていて由梨たちは残業する予定だ。
小田は昨夜、十時すぎまで残ってひとりで作業を続けていたらしい。
「別に小田くんの責任じゃないのに」
そう話す睦子は七時には帰宅したそうだ。大雨の予報だったから自宅が少し遠い小田にも帰るよう促したのに。
「頑固だからねえ」
睦子は口をへの字に曲げる。
小田が帰る頃には土砂降りの激しい雨で視界が相当悪かったらしい。工場街を抜けた先、八重桜の樹が立つ交差点をすぎた所、影になった電柱に気を取られ原付バイクに気がつくのが遅れた。そして原付のミラーをひっかけてしまったそうだ。
「すぐ謝っとけばよかったんだよ。なんか、言い訳しちゃったみたいでさ」
それで話がこじれたらしい。保険会社に対応に入ってもらうまで大変だったようだ。今日はその女性の診察に付き添っているらしい。それで休みを取っていたのだ。
「要領悪いなー」
絵里香が笑い話ですまそうとしたのか明るく笑う。いつもだったらそれに乗るはずの睦子は思わせぶりに言った。
「悩みが多いからしょうがない」
由梨は青ざめる心地がした。どうしよう。自分が困らせてしまったのだろうか。仕事のこと、カノジョと結婚のこと。彼の悩みはたくさんあって由梨のことなんてちっぽけなことだろうけど、余計な心配を増やしてしまったのではないだろうか。
もう好きじゃないからどうでもいいと伝えるべきだろうか。嘘でもそう伝えてけりを付けるべきだろうか。何をどう思われてもいいから、もう、嫌われてしまった方がすっきりするんじゃないのか。