由梨は眉を寄せて母を睨む。母はそっちの方がよっぽど気持ち悪い笑みを浮かべて娘を見た。

「ところであんた、好きな人でもできた?」
 エスパーか。
「匂いでわかるんだよ。匂いで」
 由梨は沈黙を通したが、母はにやにやしてからかってくる。
「男はね、追いかければ逃げるし、逃げれば追うんだ。押してダメなら引いてみろだよ」
 由梨はふと疑問に思う。

「それならさ、嫌われたい場合には押せ押せでいいってこと?」
「バカだねえ」
 何を言ってるんだと真率な表情になって母は宣った。
「据え膳食わぬは男の恥っていうでしょ」




 飲み会には八人が集まった。睦子のことだからオシャレなお店に行きたがるかと思ったけれど、今回は駅前のチェーンの居酒屋だった。
話題はほとんどが仕事の苦労話だった。改善点や企業への要望。だけどまともに話していたのはせいぜい一時間程度で、皆段々とぐだぐだになってきて意味不明な話ばかりを繰り返すようになった。バカモノだ。

 由梨は絵里香と組み立て係の男の子に挟まれて三人で会話していた。絵里香が主に男子に話しかけ彼が由梨にも話題を提供してくれる。いくつも年下なのに話が上手だ。
既にぬるくなったビールにちびちび口を付けながら若者二人の会話に耳を傾けていると、目の前にずいっとピザのお皿を寄越した人がいる。白井だ。向かいから身を乗り出している。

「食わないっすか」
「食べる食べる」
 運ばれてきたばかりなのかチーズがまだ熱々だ。
「全部食っていいっすよ」
 この場ではいくらなんでもと思ったけど、テーブルを見渡してみると、既にできあがっている面々はお酒のグラスばかり煽って料理には手が伸びていない。

「食べる?」
 一応左右に確認する。絵里香は首を横に振り反対側の男子は「いただくっす」と取り皿を差し出した。
「由梨ちゃんて食べるのに太らないんだね」
 絵里香に言われ由梨はピザを持ち上げたまま自分のお腹を反らせて見せる。
「そんなことないよ、ほら」
「どれどれ……」
 絵里香ではなく反対から手が伸びてきたからぎょっとする。ちょっと待て、両手はピザで、ふさがっている。

 かと思ったら、その手が視界から消えた。見ると男の子は向こう側へ体を倒してジタバタしている。テーブルの端で、別のグループで話をしながら小田が彼の腕を掴んでもう片方の手で頭を押さえ込んでいる。

「苦しいっすよお、小田さん」
「ん? ああ、ごめんごめん」
 小田は何事もなかったように手を離す。起き上がった彼の肩に手を回し、そっちの話の方へそのまま引っ張り込んでしまった。
「……」
 由梨は黙ってピザを頬張る。一連の流れにきょとんとしていた絵里香も、今度は白井と話を始めた。