「……小田くんと?」
「そら今付き合ってるのは彼だからねえ」
睦子は背凭れに背中を預けて足を組んだ。
「あの優柔不断男は決断できないわけでしょ。カノジョにぐいぐい攻められてまさに崖っぷち。どうすんだか」
缶コーヒーを飲んで睦子はため息をついた。
「結婚したいから仕事を辞めたいのか、仕事を辞めたいから結婚したいのか。どっちかは知らないけどね」
「……」
「そんな話をぐずぐずするもんだからさ、本山公園にふたりで夜景見にいってきちゃった」
長椅子の上に体育座りしていた由梨は、膝を抱えていた手が滑って体を崩しそうになってしまった。
「……え?」
「小田くんが寂しそうだったから励ましてあげようと思って」
意味がわからない。ショックでその後の睦子の話は何一つ耳に入ってこなかった。
おしゃべりな睦子は面白がって皆にこの話をしているようだった。
「ロマンティックだったよー」
「展望台でしょ? 桜の樹がある。あそこ上ったら普通チュウするよねえ」
「ええー」
「クリスマスとかバレンタインとか順番待ちで列ができてたりするんだよ」
「ほんとに」
「じゃあ、チュウしとけば良かったかなあ」
悪ノリする睦子に絵里香は笑い、他の女の子も苦笑いしていた。
小田は小田でからかわれ、
「むっちゃんが行きたいって言うから行ったんだよ」
憮然として言い訳してたが。白井が軽蔑するような目で小田を見ていたのは気のせいではないと思う。だけど当の小田は別段堪えたふうでもない。
これも、楽しければいいってことなんだろうか。軽々しくデートの真似事みたいなことをして気が紛れればそれでいいのだろうか。軽々しいなら許されるのだろうか。
彼女でもない自分がそんなこと考えても仕方ない。思っても頭の中がぐちゃぐちゃだった。ぐちゃぐちゃすぎて美紀に相談することもできなかった。
休みの日、一日部屋に閉じこもって考えた。考えるようなことなんかない。考えたって仕方のないことだ。それがわかるまで考えた。キリがないほど頭を悩ませて、そこで由梨の限界が来た。
立ち上がる。携帯電話だけ掴んで部屋を出た。時刻はもう午後の六時。だけど真夏の空はまだ明るい。自転車を引っ張り出して乗る。会社への道を走る。帰宅渋滞で信号機が赤になる度に車道には車が連なる。その脇を由梨は一目散に走り抜ける。
通り沿いの大型スーパーを通りすぎた先の交差点で声をかけられた。
「由梨ちゃんっ」
信号待ちしている紺色の中型車から小田が顔を出している。
「どうしたの? 何かあった?」
由梨はつま先立ちで自転車をバックさせる。
「わたし、小田くんに話があって……」
額に汗を浮かべて由梨は訴える。小田は目を瞬かせた後、スーパーの駐車場を指差した。
頷いて由梨は先に行って自転車を停め、店頭の植木の脇で待っていた。駐車場は込み合っていて紺色のクルマを確認できない。
しばらく待つと駐車場の奥の方から小田が歩いてきた。
「そら今付き合ってるのは彼だからねえ」
睦子は背凭れに背中を預けて足を組んだ。
「あの優柔不断男は決断できないわけでしょ。カノジョにぐいぐい攻められてまさに崖っぷち。どうすんだか」
缶コーヒーを飲んで睦子はため息をついた。
「結婚したいから仕事を辞めたいのか、仕事を辞めたいから結婚したいのか。どっちかは知らないけどね」
「……」
「そんな話をぐずぐずするもんだからさ、本山公園にふたりで夜景見にいってきちゃった」
長椅子の上に体育座りしていた由梨は、膝を抱えていた手が滑って体を崩しそうになってしまった。
「……え?」
「小田くんが寂しそうだったから励ましてあげようと思って」
意味がわからない。ショックでその後の睦子の話は何一つ耳に入ってこなかった。
おしゃべりな睦子は面白がって皆にこの話をしているようだった。
「ロマンティックだったよー」
「展望台でしょ? 桜の樹がある。あそこ上ったら普通チュウするよねえ」
「ええー」
「クリスマスとかバレンタインとか順番待ちで列ができてたりするんだよ」
「ほんとに」
「じゃあ、チュウしとけば良かったかなあ」
悪ノリする睦子に絵里香は笑い、他の女の子も苦笑いしていた。
小田は小田でからかわれ、
「むっちゃんが行きたいって言うから行ったんだよ」
憮然として言い訳してたが。白井が軽蔑するような目で小田を見ていたのは気のせいではないと思う。だけど当の小田は別段堪えたふうでもない。
これも、楽しければいいってことなんだろうか。軽々しくデートの真似事みたいなことをして気が紛れればそれでいいのだろうか。軽々しいなら許されるのだろうか。
彼女でもない自分がそんなこと考えても仕方ない。思っても頭の中がぐちゃぐちゃだった。ぐちゃぐちゃすぎて美紀に相談することもできなかった。
休みの日、一日部屋に閉じこもって考えた。考えるようなことなんかない。考えたって仕方のないことだ。それがわかるまで考えた。キリがないほど頭を悩ませて、そこで由梨の限界が来た。
立ち上がる。携帯電話だけ掴んで部屋を出た。時刻はもう午後の六時。だけど真夏の空はまだ明るい。自転車を引っ張り出して乗る。会社への道を走る。帰宅渋滞で信号機が赤になる度に車道には車が連なる。その脇を由梨は一目散に走り抜ける。
通り沿いの大型スーパーを通りすぎた先の交差点で声をかけられた。
「由梨ちゃんっ」
信号待ちしている紺色の中型車から小田が顔を出している。
「どうしたの? 何かあった?」
由梨はつま先立ちで自転車をバックさせる。
「わたし、小田くんに話があって……」
額に汗を浮かべて由梨は訴える。小田は目を瞬かせた後、スーパーの駐車場を指差した。
頷いて由梨は先に行って自転車を停め、店頭の植木の脇で待っていた。駐車場は込み合っていて紺色のクルマを確認できない。
しばらく待つと駐車場の奥の方から小田が歩いてきた。