「……何かトラブル?」
「違うけど。いいから来て」
 しきりに手招きされ、由梨はしぶしぶ残りのおにぎりを口に入れて立ち上がる。

 小田は階段を上って二階の廊下を玄関の方に向かって行く。上履きのまま玄関扉を開ける。
「え……」
 驚く由梨を尻目に、小田はそのままトラロープの張られている屋上への外階段に足を踏み入れる。
「ちょっと、ねえ」
「大丈夫。僕行ったことあるからさ。ついて来て」
「……」

 迷ったが、小田がどんどん行ってしまうので由梨もトラロープを跨いで階段を上った。
 外に出ると打ち上げ花火の音が益々大きい。階段を上りきると、開けた視界に第五工場の大きな建物が飛び込んでくる。そのちょうど上で、大きな金色の花火が開いて柳のように火花が垂れ下がる。キラキラ瞬きながら消えていくのも美しい。少し遅れて火花の爆ぜる音まで聞こえてくる。

「わ……」
「いい眺めでしょ。打ち上げられる場所が替わると建物が邪魔で見えなくなっちゃうけど、今はいい感じだね」
 花火の音がすごいから小田は声を張り上げる。
「よく知ってるね」
「入ったばかりの頃、組み立ての社員さんに連れてきてもらった。当時はまだ色々ゆるかったから」
「……そう」
 小田がその場に座ったので由梨も少し離れて膝を抱えて座る。

 そうしてしばらく花火を鑑賞していたが、時間があいて花火が上がらなくなってしまった。毎年恒例のアナウンスタイムだ。花火の説明や協賛会社の紹介が会場で行われているのだろう。この間は子どもたちにとっては不評でも大人の社会にとっては重要なのだ。だから一向に簡略化されない。

「白井くんは買い物してるかな?」
 あたりが静かになった分、小声になって小田が話す。
「そうだね」
 相槌を打ってから、夜空を眺めたまま由梨は訊いてみる。
「わざわざ今日、休日出勤することないのに」
「来週頭に会議があるから、間に合うか不安で」
「大変だね」

「カノジョにすっごい怒られた」
「……」
「デートキャンセルしちゃったからさ」
「そりゃあ、怒るよ」
「そうかな。由梨ちゃんでも?」
 顔を合わせるのが怖くて由梨はそっぽを向いたまま返事をする。
「お祭りに行く約束だったんでしょ? 楽しみにしてただろうに。そりゃあ、誰だって怒るよ」
「そっか」

 細く息をついて小田は再び口を開いた。
「ほんとは会うのがしんどいんだよね。ケンカばっかだからさ、ここのとこ」
 聞きたくない。思ったけど耳をふさぐわけにもいかない。花火が早く上がればいいのに。