「要するに、はじめ気に入らなかったのは、最初から気になってたからなんだね」
「……」
「意識しちゃうから近づいてきてほしくなかったわけだね」
 膝を抱えて、泣きじゃくったまま由梨はかろうじてまた頷く。
「小学生か」

「美紀ちゃあん……」
 泣きべそ顔で訴えると駆けつけてきてくれた美紀はしょうがないなとため息を吐いた。
「バカだねえ」
「うん……」
 涙を拭って由梨は頷く。本当に自分はバカだ。白井や睦子の言う通りだ。

「カノジョいるんだっけ?」
「うん」
「女の子好きっぽいしね」
「うん」
「諦めた方がいいよ」
「わかってる」
 もとよりどうにかしようなんて思いもしない。

 ――喧嘩したり争ったりはいやだ。楽しくやりたい。みんなで仲良く楽しくやれればそれでいい。
 そんなふうに言う人だ。きっと人とぶつかるのが嫌なのだ。そんな人を本気で思ったって傷つくのは由梨だけだ。本心なんて晒さない方がいいに決まってる。
 思っただけで苦しくなって由梨の目からまた涙がこぼれる。

「泣くな、由梨」
 美紀が硬い口調で言う。
「泣いちゃ駄目」
「うん……」
「今日泊ってこうか?」
「うん」

 その夜は一緒の布団に入って高校時代の話をした。あの頃はあの頃で苦しいことばかりだった。早く大人になりたかった。不安はあるけど今はこうして自由に暮らせている。しあわせだ。

「吉田さんが辞めちゃうって話したっけ?」
「そうなの?」
 憧れの人だと言って美紀が懐いていた女性社員さんだ。
「赤ちゃんができたって」
「ああ……」
「育休取って復帰する予定だけど、女の社員さんたち、元の場所に戻れるとは限らないんだって」
「なんで?」
「さあ……。だからもう一緒に仕事することはないかもって」
「ショック?」
「まあ、しょうがないよね」
 美紀がくちびるを噛む気配。由梨は思わず口を出す。

「そういうのってさ、ほんとにしょうがないのかな。文句言ったりできないのかな?」
「そりゃあ、組合に訴えたりはできるだろうけど」
 少し黙って美紀は声を小さくした。
「みんなそこまではってことじゃない? 争うなら我慢するってことじゃない?」

 誰だってそうなのだ。波風立たせず我慢できることは我慢して無難にやりすごそうとする。それが賢いやり方だから。それができないと由梨の母親のようになる。だから由梨は我慢する。気持ちに蓋をする。

「たいていのことは我慢できちゃうじゃない?」
「うん」
「我慢できないことなら戦える?」
「そうだねえ」
「それってよっぽどのことだよね」
「うん。あたしはないな」
 美紀が笑う。わたしも、と言いかけて由梨は少し考える。