だけどそれはいいことじゃない。やっていいことじゃない。少なくとも由梨にはできない。だから首を横に振る。
「別に。なんにも」
「そうっすか」
「うん」
 肉にかぶりつく。美味しい。
「早い者勝ちだよ。早く食べなきゃどんどんなくなっちゃうよ」

 大量のチキンをお腹に納めた後、さっぱりしたアイスが食べたいねと近くのコンビニに移動した。白井は腹ごなしだと言ってフライドチキンの店にクルマを置いて歩いた。由梨は並んで自転車を引いて行く。

「夜も暑いっすね」
 駐車場の広いコンビニの前で、学生のようにアイスを立ち食いした。店頭に地元の花火大会のポスターが貼ってある。
「もうそんな時期っすね」
「白井くんの地元ってどこ?」
「ここっすよ?」
「そうなの?」
「親とそりが合わなくて家を出ました」
「同じだね」
「由梨ちゃんも?」
「まあ、そんなとこ」

 そうでなくても社会人になれば親元を離れるのが当然だと思っていた。だが睦子や小田をはじめ、いい年になっても実家で暮らしている人の方が多いと知って驚いたことがある。美紀も結婚までは家を出る気はないようだし。
「いろいろなんだけどね」
「そうっすね」

 アイスの棒をゴミ箱に捨てながら由梨は別れがたい気持ちを白井に感じていた。だけどこれはただの甘えで打算だ。それももうわかってしまった。アイスの棒と一緒に邪念は捨てる。
「じゃあ、ここで。お疲れさま」
「お疲れっす」

 ようやく薄暗くなってきた藍色の空の下、自転車を走らせる。自宅アパートに着いて部屋に入る。畳の上にぺたんと座り携帯を取り出す。美紀にコールする。
「……美紀ちゃあん」
『おー。どうした?』
 親友の声を聴いたら一気に緊張がほどけた。勝手に涙がこぼれてくる。

「美紀ちゃん……」
『なになに。どうしたのさ?』
 気づいてしまった。もう。寂しいと感じたときに、一緒に居たのは白井だったのに。
「好きな人ができたよう……」
 思い浮かんだのは、小田の顔だった。