は？　由梨は危うく白井の手にフォークを突き立てそうになるところだった。あんたの方がよっぽどヒドイじゃないか。
「由梨ちゃんはバカなんです。小田さんは近づくなってことですよ」
　わけがわからない。そんな白井に小田は怒るふうでもなかったけれど、少しだけ口元を震わせた。

「そうそう。由梨ちゃんはバカだよねー」
　グラスを手に戻ってきた睦子が更に乗っかる。この人もどうしようもないほど酔っている。
「もっともっとバカになっちゃえばいいよー」
「バカ言わないでください。今のバカっぷりで十分です」
「白井くんもバカだなあ」
「むっちゃんだってバカっすよ」

　バカっていう奴がバカなんです！　そんな言葉を由梨はラザニアと一緒に呑み込んだ。もう駄目だ、全部呑み込んでしまおう。言おうとしていたことだって。なかったことにするのがいちばんだ。
「もっかいお替り」
「おー。食べちゃえ食べちゃえ。飲んじゃえ飲んじゃえ」
「飲みましょう！」
　バカモノはしょうがない。席を立った由梨は、肩を落として少しだけ振り返ってみる。据わった目の白井に肩を抱かれた小田は、深く俯いていて表情がわからなかった。



　ビンゴゲームで全員が景品をもらい二次会がお開きになる頃には、小田はいつもの様子に戻っていた。由梨たち三人をクルマに乗せ、同乗した係長ふたりをまずは駅まで送っていく。
「お疲れさまでした」
　白井だけは上司たちに挨拶できなかった。クルマに乗るなり由梨の体に凭れて寝入ってしまった。同じようにどうしようもなく酔っているように見えた睦子は意外としっかりしている。本当にざるのようだ。

「まずは由梨ちゃんを送ってくね」
「うん……」
　道はナビしなくて大丈夫だろうか。迷うようなら教えようと思って首を伸ばして見ていたが、小田は迷わず由梨のアパートのある路地に辿り着いた。

「ありがとうございます」
「お疲れ」
「お疲れー」
　夜も遅い時間帯だから近所迷惑にならないよう由梨は静かにクルマを降りる。由梨をつっかえ棒にしていた白井の体が崩れる。知らない、自業自得だ。
　運転席のウィンドウが下がって小田と睦子が手を振る。そのままクルマはゆっくりと路地を曲がっていった。

　疲れた。果てしなく疲れた。明日にはまた朝勤だ。さっさとシャワーを浴びて寝てしまおう。由梨は重い体を引きずって自宅アパートの階段を上った。