由梨が黙々と食べていると小田が料理のひとつを指差した。
「それどこにあったの?」
「これ? カナッペと一緒のトレーにあったよ。受付に近い方」
「なんだろ?」
「多分ムール貝のマリネ。オリーブオイルが利いてる」
 的確な由梨の解説に小田はびっくりしたようだ。

「食通だね」
「逆だよ。食べ慣れないものほど覚えてる」
「記憶力いいんだよ」
「食い意地が張ってるだけだよ」
 くすりと小田が笑った。屈託ない笑い方だった。胡散臭いいつもの笑顔とは違う。由梨は少しだけ嬉しくなる。

「ん」
 そのときずいっと後ろからグラスを差し出された。薄紫のグラデーション。バイオレットフィズだ。とっさに受け取って由梨は視線を上げる。白井はすぐにふいっと体を返してバーカウンターに戻っていった。
 いつの間にやら、睦子もそこでバーテンダー相手におしゃべりしているようだ。にしても、白井は目が据わっていたが。
「白井くん、けっこう飲んでる?」
 こそっと尋ねると小田は小さく首を傾げた。
「いや、まだまだ。彼強いし」
「ふうん」
 バイオレットフィズを少し口に含む。花の香りがしてやっぱり美味しい。

「お替り行ってくる」
 また立ち上がって料理を物色する。ラザニアやパスタ類は減っていないようだ。ローストビーフもまだ残ってる。なんてもったいない。この際もう容赦なく皿に盛って席に戻る。
 小田も料理を取ってきたのか申し訳程度に盛った料理をつまらなそうにつついていた。

「お腹空いてない?」
「そんなことないけど」
 由梨の山盛りの皿を見て小田はぷっとふき出す。失礼な。
「食べてるときがいちばん幸せなタイプでしょ? 由梨ちゃん」
「よくわかったね」
「そりゃあ……」

 ウーロン茶を飲んでから背凭れに寄りかかって小田はぽつりと言った。
「僕さ、高校生の頃すごい太ってたんだ。百キロ近くあってさ」
 ローストビーフを口に押し込んだばかりで返事ができなかったので、由梨は目を見開いて見せる。そんなふうには全然見えない。
「色々あって、これじゃダメだって思って。一日おにぎり一個で我慢して死にそうな思いで体重落とした」
「……無理して体壊さなかった?」
「へーき。それから太ることもなくなったし」
「へえ」

 由梨だって今日みたいに食べすぎた後にはジーンズのウエストがやばくなったりもするが、しばらくすると戻っている。だからダイエットしたことはない。
「それって女の子はみんな羨ましいんじゃない?」
「どうかな。食べた分はしっかりお腹が出るし、今だってほら」
 ぽんぽんと由梨が自分のお腹を叩くと小田はまた微笑んだ。だけどすぐに笑みを引っ込める。