「階段大丈夫?」
 ホテルの正面出口の石段の前で、左手を差し出してくる。どうしよう、どうしよう。頭では迷ってたはずなのに、由梨の右手はすんなり動いて、小田の左手の上に乗っていた。指先がマヒして感覚がない。
 手を引かれて歩く間、由梨はずっと前を行く白井と睦子の肩の辺りを見ていた。駐車場に入ったところで堪えきれずに手を引っ込める。小田は自然に空いた手でクルマの鍵を取り出した。

 白井が助手席に座って睦子と由梨は後ろに乗せてもらう。
「大通りを上がってけばいい?」
「うん。西の二掲示板のある角を左に曲がって」
「オーケー」
 町内なだけあって小田は躊躇なく頷いた。

「すげえ。住宅街ですね」
 メイン通りの左右を見渡して白井が感心する。
「高台に行けば行くほど土地が高いんだよ」
 薄く笑って小田は少しスピードを落とす。休日の夕方。交通量はやっぱり少ない。

「あそこの酒屋がうち」
 通りに面して三軒の個人の商店が身を寄せ合うように連なっている。中でも酒屋がいちばん大きく立派だった。
「へえー。小田くん後継ぐの?」
 睦子の質問に小田はやっぱり薄く笑う。
「まさか。今はもう姉さんのダンナさんがやってるよ。僕には向いてないし」
「確かに」
 陽気に睦子が笑って小田のクルマは角を曲がる。

「お着換えってどれくらいかかる?」
「そんなには。二十分くらいかな」
「じゃあ、その頃また迎えに来るよ。ね?」
 睦子が勝手に決めるのに小田は笑って頷く。やっぱり二次会に行かなくてはならないのか。どうにも断れない雰囲気に由梨はもう諦める。
 白井が少しだけ由梨を振り返る。気が進まないのを察したのか。由梨は黙って笑っておいた。




 由梨がひとりで帰ってきたので驚いている母に手伝ってもらい振袖を脱いだ。元のジーンズとシャツに着替えてほっとする。
「苦しかった」
「それで二次会行くの?」
「普段着で大丈夫だって。男の子たちもこんなだよ」
「男の子?」
 母の過剰な反応に由梨はしまったと思う。
「男の子が一緒なの?」
「ただの会社の人だよ」
「ただも何もないでしょ。へえ、あんたがねえ」

 もう、うるさい。由梨はプイっと自分のタオルを持って洗面所に行く。着替えて鏡を見て気がついた。化粧と服装が合っていない。一度クレンジングで落とさねば。
 洗顔をすると泡と一緒にどっと緊張の糸が切れていくのを感じた。どうして自分はこんなに緊張するのだろう。情けない。頬の強張りが溶けて涙まで出そうになる。駄目だ。

 毛先を巻いた髪をほどくと収拾がつかなくなりそうだったから、髪型はそのままに髪飾りだけ取ってシンプルなアップスタイルにする。薄くメイクをし直して、いつもの控えめな色のリップを塗る。身繕いはそれで終わりだった。