「あいつら不倫してたんだよ」
 日常生活では聞いたことのない単語を後ろからつぶやかれ、由梨の心臓は跳ね上がる。
「あの社員さんバツイチで若い嫁さんもらったくせにね」
「え……」
「そんな人ばっかだよ。ね?」
「……」
「そんであの子はあの子でチンピラみたいな男と付き合ってて、その男にバレて浮気現場に乗り込んでこられたんだって。ろくな話じゃないよ」
 由梨はもう、なんて言って良いのかわからない。
「終わったことだろうに、あんななって最後に寄ってくるんだから気持ち悪い。由梨ちゃんも気をつけなよ」

 ――気をつけなきゃ駄目だよ。
 思い出して、由梨は自動組み立て装置の奥で補充作業している小田に目をやる。小田は知っていたからあのとき怒ったのだろうか。
 由梨には知らないことが多すぎる。知りたいとも思わないことだが。頭痛を感じて由梨は細く息を吐き出した。




 当日は日曜日の朝勤で、式は午後からなので昼で早退した。中勤のひとりが早出して来てくれて申し訳なかったけど、こういうこともきっと持ちつ持たれつなのだ。

 なかなかタイトなスケジュールで、母親が「高いよ」と意地悪く言いながら会社までクルマで迎えに来てくれた。祖母の家に着いて一息つく間もなく髪を上げてメイクをする。
「由梨ちゃん、かわいいねえ」
 祖母がずっと横で見ているから恥ずかしかった。

「お待たせー。時間大丈夫?」
 スクーターに乗っておばさんがやって来て、息を切らせながら帯を結んでくれた。重労働らしく額に汗を浮かべていた。
「できたできた。いいよね?」
「かわいいねえ」
 姿見の中の由梨はまあまあな仕上がりだ。これなら恥ずかしくない。

「おばさん、ありがとう」
 身を切る思いで買ったレースのスカーフの包みを渡すと、おばさんは案の定目を丸くして「いらないいらない」と手を振る。亡くなった祖父の弟の奥さんにあたるこの人は、さばさばした性格で、姪である由梨の母とも親しくはしているが礼儀を欠くわけにはいかない。由梨がお礼も渡さなかったと伝え聞いた叔母あたりに、裏で何を言われるかわからないからだ。

 実は由梨が怖いのは祖母だった。にこにこと人当たりはいいがその分おしゃべりで、末の娘である叔母には特に何でもしゃべってしまう。祖母に悪気はなくても、叔母は由梨たち親子の行いを悪く受け止める。由梨はそれを警戒してしまうのだ。