「由梨ちゃんにリーダーになってもらいたいんだよ」
 耳を疑った。
「え……わたし、入ったばっかだけど」
「関係ないよ。由梨ちゃん、しっかりしてるもん」
 それこそ関係ないんじゃないか?

 朝勤の後、睦子に話があるから残るように言われた。給湯スペースの奥の小さな会議室でまず教えられたのは、由梨と同い年で既婚者の彼女が懐妊したから早々に退社することになったということだ。

「やっぱり夜勤なんかさせられないし。本人もなるべく早く抜けたいって希望だから」
 それはわかるけど。いちばん話しやすかった相手が突然いなくなってしまうのはショックだ。
 にしても、これで三人の穴が開いてしまうことになる。検査員の補充はどうなのだろう。

「それでね、これからあたしもラインの作業を外れて常勤になるんだ」
 驚く由梨に睦子は説明を続ける。今まで係長が行っていた日報などのデスクワークを、これから睦子が担うのだという。

「え、じゃあ検査員は……」
「今のままの人数で回すって」
「え……」
 それはつまり。一班を四人で回していたのを、三人で回すということか。一人分の負担が増えるということじゃないのか。
「無理じゃない?」
「しょうがないよ。そういう試算が出ちゃったんだ。上はできるって判断したんだよ」

 検査のデータは、検査ステーションのタッチパネルの端末を通して全て集計される。一日何千本という数が処理される中で、誰が、何時何分何秒に、良品登録を押した、不良品登録を押した。そこまでわかってしまうのだ。データ上の時間の羅列の中で不自然な空き時間を見つければ、上はそこを突っ込んでくる。これだけ手待ちの時間があるならもっとできるのではないか、と。

 ――常にフルパワーでやることを求められるようになる。
 小田が言っていたのはまさにこのことだ。上手く立ち回らないと自分で自分の首を絞めることになる。頑張っても適当にやっていたとしても、結局はこうやって重箱の隅を突かれる。企業は恐ろしい。

「数字の結果だけで言われたって、やってみなきゃわからないのに」
「うん。できないならできないでいいんだよ。そしたらあたしが入れるし」
 そういうことか。
「班編成はこれから考えるけど、由梨ちゃんには一班を受け持ってほしい」
「うん……」
 もう何か言う元気もなく由梨は素直に頷いた。