「マジで?」
 抱えていたラーメンの器を置いて白井は由梨の顔を見る。
「何が?」
「小田さんとタメ?」
「わたし? そうだよ」
「すみません」
「は?」
「てっきり下だと思ってたから、思い切りタメ口きいてました」
「え……いっこ下なだけじゃん」
「礼儀がなってませんでした」
「うちらむっちゃんにだって敬語なんか使ってないよ。いいじゃん、それで」
「女と男は違うっす」
「……」
 めんどくさくなって由梨は眉根を寄せて黙る。
「好きにすれば?」
 吐き捨てると、白井は黙って残りのラーメンを食べ始めた。




 その夜は睦子も一緒になって家庭訪問をしたらしい。迷惑じゃないのかな。由梨は自分が同じことをされたらと考えてぞっとしたが。
 故郷を離れて寮暮らしをしているような派遣社員の中には、仕事が嫌になって勝手に地元に帰ってしまったり、そうでなくとも、無断欠勤のあげく姿をくらましてしまうような契約社員がいくらでもいるらしい。

 今回はそこまで身勝手なことはしていなかったようだ。居留守を使うわけでもなく面会には応じてくれたらしい。モチベーションが下がったせいか体調が思わしくないようなことをもごもご話していたようだ。
 一緒に食事休憩を取りながら睦子がぷりぷり怒っていた。

 ちなみに今日は寮まで迎えに行って、無理やり連れてきたのだそうだ。なんにしろ来てはくれたので、今日は欠勤対応をしなくてすみ、組み立て係の人たちはほっとしていた。
「明日の休みを挟んで安定してくれるといいけど」

 どうにかその件が落ち着いたと思うと、今度は検査係の方が落ち着かなくなった。由梨の班の企業の社員さんと付き合っている彼女が、寿退社することになったのだ。
「やっぱりね」
 睦子はシニカルに口の端を上げていた。おまけに数日後には彼女と仲のいいもうひとりも、辞めると派遣の担当に申し出たそうだ。これにも睦子は皮肉気な笑みを浮かべていた。彼女たちのことを持て余し気味になっていたから、丁度良かったのだろう。

 しかしこれで代わりの新人の教育をしなくてはならなくなる。それはそれで大変なのではなかろうか。前工程の塗工の供給がアップしたことで、一日のノルマが確実に増えている。タイヘンなのだ。
 だけど一向に新人が入ってくる気配もなく、由梨は疑問に思ってしまう。

「どうなるんすかね。検査」
 クリーンタイムにマテハン機器周りの埃を取ってあげていると、由梨に向かって白井が気掛りなふうにつぶやいた。
「何か動きがあるかも」
「何か聞いてる?」
「いえ……」
 大事なことは末端にはなかなか伝わってこない。睦子や小田のところで止まっているのだ。皆を混乱させないための措置なのだろうけど、心の準備というものは必要なのだが。変化はいつも突然来るようだ。