「オレのクルマそれだから。自転車ここに置いてけよ」
 そこで由梨は少し冷静になる。どうしよう。
「腹空いてんだろ?」
「うん」
 由梨は言われた通りに駐輪スペースに自分の自転車を置いて鍵をかける。それから白井のカーキ色の軽自動車に近づいた。

「後ろでいい?」
 思いもよらない言葉だったのか、白井の眉根が少し上がる。
「それじゃあタクシーじゃん」
 そう言われても、助手席に並んで座るのは由梨にとってはハードルが高い。
「カノジョさんに悪いし」
「いないし」
「今はいなくても……」

 埒が明かないと思ったのか、白井は後部座席のドアを開けてくれた。由梨はほっとして身を屈める。すんなりリアシートに座れたことに感心する。女友だちだと車内が荷物置き場になっていて、乗り込む前に片づけてもらわなければならないことが多い。白井のクルマには物が何もなかった。
「ヘンな感じ」
 ぼそっとつぶやかれた一言は、聞かなかったことにする。

 まだ日勤の人々は仕事をしているような時間帯で道路も店も空いていた。
 少し遠慮してハンバーグかポークを選ぼうかとメニューのそのページを見ていると、白井に信じられないような目で見られた。
「ビーフだろ。今日はビーフだろ」
「そうだよね!」

 嬉しくなって由梨はこくこく頷く。牛肉は由梨にとっては貴重だ。何か月ぶりだろう。
 肉を待つ間サラダをむしゃむしゃ食べた。このお店はコーンスープも美味しくてこれもお替り自由だから嬉しい。
 肉が運ばれてきて、じゅうじゅうのうちに大きめに切り分けて口に入れる。溢れる肉汁。しあわせだ。
「食べてるときがいちばんしあわせ」
「だろうなあ」
 男の子の前とは思えない食いっぷりだろうか。どうせバーベキューのときにバレているからいいか。

 お肉をたいらげた後余力があったのでカレーも食べた。食後のソフトクリームには、自分で白玉とあんこときなこと黒みつをトッピングする。我ながら芸術的な仕上がりだった。

「あんた、うますぎじゃない」
「でしょ?」
 嬉しくて由梨はにこっとする。
「ケーキ売り場で働いてたときソフトクリームの販売もやってたから」
「へえ。オレの分も作って」
「同じでいいの?」
「うん」
「山盛りでいいの?」
「おう」

 会話したのはそれくらいで、食べている間は黙々と食べた。自転車を置いてあるスーパーまで送ってもらう間も静かだった。
「ごちそうさまでした」
 深々と頭を下げて由梨がお礼を言うと、白井は少しだけ瞳を和ませた。
「明日からも頑張ろうぜ」
「……うん」
 励まされたのかな。重たいお腹を抱えて自転車に乗りながら由梨は少しだけ泣きたくなった。