「むっちゃん、ライターないかな」
「ああ、うん。今行く」
いそいそと睦子は席を立って行ってしまう。残された由梨は長椅子に寝そべって悶々とする。また延々と掃除をさせられるのだろうか。
「有給使わせてもらいたいなあ」
「ねえ。うち二十日以上残ってるよ」
「そうだよねえ」
終業時間を待つ間、事務スペースでのおしゃべりもライン停止の間のすごし方についての話題が多かった。
「ここでやることないなら休みがいいよ。どっか応援に行かされるのはヤダ」
「有給まとめて使えないかなあ」
好き勝手に注文をつけられて、リーダーの睦子は難しい顔をしている。彼女たちは、はっきりとは言わないが、睦子に上と交渉しろと要求しているのだ。
下っ端は呑気で図々しい。だけどそういうふうに甘やかしてしまったのは睦子なのだ。以前の職場でバイトの学生たちを管理する立場だった由梨にはよくわかる。
若い子は残酷だ。平気で自分以外の人間を矢面に立たせようとする。会社の仕組みがわかってないから。わからないことは人に押しつければいいと甘えた考えでいる。そう付け上がらせてしまった睦子が悪い。自業自得だ。
由梨はため息をついてその場を離れる。由梨の方が居たたまれない。
また『禁じられた遊び』が聞こえた気がして、由梨は奥の自動扉に近づく。やっぱりだ。今まで知らないから気がつかなかっただけで、バッテリーの交換は頻繁にするものらしい。
余計なことをするなと釘を刺されたけれど、今は手が空いているのだしいいだろう。由梨はこの前見た通りにバッテリー交換をする。
「あれ、検査の子?」
宇宙服みたいな防塵服を着て、帽子だけ取って顔を出した塗工係の社員さんが、奥から出てきた。
「できるの?」
「はい。大丈夫だと」
由梨が起動ボタンを押すとAGV(無人搬送車)は滑りだした。
「へえ。エライエライ」
見るからに四十はすぎてそうな小柄な男性社員さんは、由梨を褒めてくれる。単純に褒めてくれる人もいるのにな。思って由梨は寂しい気持ちになる。
「君、アユを頭から食べた子でしょ?」
にこにこ尋ねられて由梨は思い出す。バーベキューのときにアユを持ってきた人か。
「アユ好き?」
「いえ、そういうわけじゃ」
「今度アジをあげるよ」
「いえ……」
魚より肉が好きなのだが。
「連絡先教えてくれれば……」
「由梨ちゃん!」
いきなり割り込んできた声に由梨はきょとんとして振り返る。仕切りの自動扉を開け、防塵帽とマスクの間の目を光らせて小田がこっちを見ている。
「ああ、うん。今行く」
いそいそと睦子は席を立って行ってしまう。残された由梨は長椅子に寝そべって悶々とする。また延々と掃除をさせられるのだろうか。
「有給使わせてもらいたいなあ」
「ねえ。うち二十日以上残ってるよ」
「そうだよねえ」
終業時間を待つ間、事務スペースでのおしゃべりもライン停止の間のすごし方についての話題が多かった。
「ここでやることないなら休みがいいよ。どっか応援に行かされるのはヤダ」
「有給まとめて使えないかなあ」
好き勝手に注文をつけられて、リーダーの睦子は難しい顔をしている。彼女たちは、はっきりとは言わないが、睦子に上と交渉しろと要求しているのだ。
下っ端は呑気で図々しい。だけどそういうふうに甘やかしてしまったのは睦子なのだ。以前の職場でバイトの学生たちを管理する立場だった由梨にはよくわかる。
若い子は残酷だ。平気で自分以外の人間を矢面に立たせようとする。会社の仕組みがわかってないから。わからないことは人に押しつければいいと甘えた考えでいる。そう付け上がらせてしまった睦子が悪い。自業自得だ。
由梨はため息をついてその場を離れる。由梨の方が居たたまれない。
また『禁じられた遊び』が聞こえた気がして、由梨は奥の自動扉に近づく。やっぱりだ。今まで知らないから気がつかなかっただけで、バッテリーの交換は頻繁にするものらしい。
余計なことをするなと釘を刺されたけれど、今は手が空いているのだしいいだろう。由梨はこの前見た通りにバッテリー交換をする。
「あれ、検査の子?」
宇宙服みたいな防塵服を着て、帽子だけ取って顔を出した塗工係の社員さんが、奥から出てきた。
「できるの?」
「はい。大丈夫だと」
由梨が起動ボタンを押すとAGV(無人搬送車)は滑りだした。
「へえ。エライエライ」
見るからに四十はすぎてそうな小柄な男性社員さんは、由梨を褒めてくれる。単純に褒めてくれる人もいるのにな。思って由梨は寂しい気持ちになる。
「君、アユを頭から食べた子でしょ?」
にこにこ尋ねられて由梨は思い出す。バーベキューのときにアユを持ってきた人か。
「アユ好き?」
「いえ、そういうわけじゃ」
「今度アジをあげるよ」
「いえ……」
魚より肉が好きなのだが。
「連絡先教えてくれれば……」
「由梨ちゃん!」
いきなり割り込んできた声に由梨はきょとんとして振り返る。仕切りの自動扉を開け、防塵帽とマスクの間の目を光らせて小田がこっちを見ている。