「言いたいことはわかるけどね」
 カラオケボックスの個室。歌の合間に先日の小田とのやりとりを話すと、美紀は難しい顔で腕組した。

「余力は何かあったときのために取っておいて、普段は余裕をもってやらないとさ。何もないときにへたに頑張ってこなしちゃうと、じゃあその数を毎日こなしてってなっちゃうでしょ?」
「生産性」
「そうそう。まわりと同じくらいに揃えておかないと、あの人はできるのにあなたはどうしてできないの? ってなっちゃうでしょ。毎日同じくらいにセーブしとかないと、トラブルとかの理由がないのに数にばらつきがあるのはどうしてか? ってなっちゃうでしょ」
「それはわかるけど」

 由梨はしょんぼりとうなだれる。落ち込むとかではなくて、悔しい。小田に言われたことを素直に受け入れられない。
「お説教された相手が相手だしね」
「そうなんだよ」

 もっと別の人に言われたなら受け止め方はきっと違った。睦子に言われたならまだ聞き入れられたかもしれない。仲の良い検査員仲間に言われたなら、そういうものかと少なからず納得できたに違いない。
 だけど小田に言われたのが由梨にはショックだった。どうしてあんなに胸が痛んだのかわからないけれど。

「トラブル対処させて由梨の生産性が下がったらってこともあるんじゃないの? 検査は人がやらなきゃ流せないのでしょ」
「うん」
 だから検査員は基本的に検査ステーションを離れない。周りのことに気を取られて集中力を欠くのも、見逃しの原因になる。
 周辺作業に手を出し気を散らしてしまった由梨も、おしゃべりに夢中になっている連中と変わらないということなのか。

 肩を落とす由梨を励ますように美紀がソフトクリームを持ってきてくれた。
「もうさ。言われた通り頑張ることないんだよ。適当にやってればいいじゃん、あんたも」
「そうは思うけど」
「性格だねえ」
 美紀の言葉に苦く笑って、今度は由梨が温かいコーヒーを取りに行く。

 冷たく甘いソフトクリームを食べながら、温かく苦いコーヒーを飲むのは最高だ。何事も加減が大事で極端では上手くいかない。世の中も仕事も難しい。
「難しいねえ」
「そうだねえ」
 また苦く笑って山盛りのソフトクリームをつっついた。




 六月の生産予定表を眺め、またまた驚くべきことがわかった。二週間ほど空白になっている。
「塗工の設備改善工事が入るんだって」
 しれっと睦子が教えてくれる。だからなぜそういう大事な情報は、末端に回ってこないのだろう。由梨だけが知らなかったとでもいうのだろうか。
「工事の間のうちらの仕事は?」
「それはまだ……係長が決めかねてるみたいで」
 睦子は顔をしかめる。由梨がおにぎりを食べ終わってお茶を飲んでいたとき、食堂代わりの会議室の扉を開けて小田が顔を出した。