頷いて由梨は先ほど小田がやった手順を頭の中で反芻する。
「これくらいならわたしでもできそう」
「由梨ちゃんさ」
 由梨の小さな囁きに小田の柔らかな声がかぶさってくる。
「?」

 声音は柔らかいけれど、防塵帽とマスクの間の瞳はまっすぐに由梨を捕らえていた。
 AGVが出ていった後、扉の閉じた廊下は明かりが少なく、薄い暗がりの中で由梨もまっすぐ彼を見つめ返すことができる。
 抵抗なく彼の目を見るのは初めてかもしれない。それで由梨は気がつく。
 この人、目がきれいなんだ。だけど言われたことはきれいなことなんかじゃなかった。

「あんまり頑張らない方がいいんじゃないかな」
「え……」
「由梨ちゃんがやっちゃうと、みんなもできるようにしないとならなくなるだろ」
 ――あんたが出すなら全員出さなきゃならなくなる。
 バーベキューの日に白井に言われたことを思い出す。今小田が言っているのも同じ理屈だ。それはわかる。わかるけど。

「百パーセントの力で頑張ることないんだ。そうすると常にフルパワーでやることを求められるようになる。全員が。だから八十パーセントくらいで周りと合わせてかなきゃならないんだ。わかるよね」
 なんだそれ。そんなこと、言われたくない。女の子たちにまとわりつかれていい気になって適当に仕事してる人に言われたくない。
 言い返してやりたいのに喉が詰まって言葉が出ない。喉元の重さが胸に下がって苦しい。苦しい。

「おーい。由梨ちゃん?」
 自動扉が開いて睦子が顔を出す。
「時間だよ。帰ろ」
「うん」
 とっさに頷いて由梨はくちびるを引き結ぶ。目が熱いのが自分でもわかる。睦子に気づかれたくない。

「どした?」
「バッテリーの交換を」
「ああ、そう。由梨ちゃんは偉いなー」
 本音の窺えない調子で睦子が由梨の頭を撫でる。
「さ、帰ろ帰ろ」
 睦子に急かされ廊下から出てクリーンルームの出口に向かう。かろうじて次の番の検査員メンバーに挨拶をした由梨は、自動組み立て装置の方から白井が見ていたのに気づいたが、彼には手を振ることさえできなかった。