朝勤はそれが最終日で、休みを挟んで次は夜勤だった。既に眠いと思いながら由梨がクリーンルームに下りていくと、自動組み立て装置の出口のところで、由梨の班の検査係のふたりが新人ふたりとおしゃべりしていた。すっかり砕けた雰囲気だ。
「おはよう」
丁度区切りがついたところだったのか、由梨と同い年の彼女が検査ステーションから出てくる。
「あの人たちふたりとも二十三歳だって。大卒で派遣会社の正社員なんだってよ」
「へーえ」
年はふたつ下。そしていろんな肩書があるものだと由梨は思う。
「実家が九州とかって。だから白井くんと同じ寮に住んでるんだって。それでね……」
彼女は声を低めていたずらっぽく由梨を見上げる。
「カノジョいないってよ」
いちばんいらない情報だ。由梨は苦笑いしながらチェックシートを用意する。それからふと思ってしまった。小田にカノジョがいるのは知っている。白井はどうなのだろう。聞いたことがない。
由梨は早々にステーションに向かう。睦子がクリーンルームに入ってくる。それに気を取られていたから、そばで待機していた組み立て係のAGVが動き始めてびっくりした。
検査ステーションの製品排出口から自動組み立て装置の入庫口まで製品トレイを運ぶこちらのAGVは『マイムマイム』を鳴らして走る。トラバーサーが剝き出しで小柄なコロブチカのAGVと違い、左右の出し入れ口以外がアイボリーのアクリル板で覆われていて、背丈も重量感もある。
そのマイムマイムのAGVに体当たりされそうになって由梨はあとずさる。かと思ったら由梨のかかとは何かを踏んづけていた。後ろにバランスを崩して肩を押さえられる。
「おおっ、大丈夫?」
睦子が腕を伸ばして由梨を引っ張って立たせてくれた。
「う、うん」
由梨は挙動不審になりながら、恐る恐る首を捩じって後ろを見る。小田が傾いた防塵帽を直しているところだった。由梨は彼の足を踏んづけてしまったのだ。
「ごめんなさい」
「安全靴だから大丈夫だよ」
にしたって、ひょろっとした彼に思い切りのしかかってしまったのだ。恥ずかしい。
「大丈夫だよねー。由梨ちゃん小さいから」
睦子が余計なことを言うから益々恥ずかしい。
「ごめんなさい」
もういちど謝罪してから由梨は検査ステーションに入ってモニターを立ち上げる。塗工のコロブチカのAGVが製品を運んでくる。その場にしゃがんでAGVを眺めようとしたら、空トレイを積んだ台車を押してきた白井と目が合った。
「おはよう」
由梨は小さく挨拶する。
「ぼーっとしてるから」
挨拶も返さずぼそっとつぶやいて、白井は塗工への扉の方に行ってしまう。
「……」
どう受け止めれば良いのかわからなくて、由梨はしばらくしゃがんだままでいた。