祖母は自分専用の座椅子に腰かけてお茶を飲み、由梨に元気かと話しかけ、いそいそと家族アルバムを持ってきた。
 祖父が亡くなって以来、孫が訪ねて来ると祖母はこうして古びたアルバムを出してきて昔語りするようになった。何しろ壮大な家族ヒストリーだ。数時間では語り尽くせないのだろう。
 お葬式に先立って祖父の経歴をまとめなければならず、それがきっかけで昔語りにハマったようだ。人に話すことで記憶が揺り動かされるのだろう。この日も黙って由梨は祖母に付き合った。

「荷物持ち。買い物ついて来て」
 見かねた母にぞんざいに呼ばれ、由梨は内心ほっとした。
「ごはん食べてくでしょ」
 玄関を出て石段を下りガレージに向かいながら母は由梨にクルマのキーを差し出す。
「運転する?」
「うん」
 機会があるときに運転しておかないと忘れてしまう。由梨は喜んで運転席に乗り込む。祖父の遺品の軽自動車だ。今は母が大事に乗っている。

「おばあちゃんに買ってもらえばいいのに」
「今はまだいいよ。なくてもそれほど困らないし」
 身の回りの世話をしているとはいえ、経済的には母の方がお世話になってるようなものだ。そのうえ由梨まで車を買ってもらったりしたら、さすがに目くじらを立てる親戚もいるだろう。由梨たち親子は肩身が狭いのだ。

 住宅街の急な坂道を気をつけながら下りていく。
 ここは山の斜面を切り開いた広大な住宅地だ。高台へ上がるほど豪奢な邸宅が並び、高級なレストランも営業していたりする。
 近くには母の妹家族も住んでいたりする。こちらの家族はエリート一家で、由梨は従妹たちが嫌いではないけどなるべく会いたくない。

 メインストリートに出て、まるで車通りのない広い道路を下っていく。住宅が閑散となった一角にスーパーマーケットがある。
 こじんまりした昔ながらのスーパーで、立地の割には客が少ない。車社会の今となっては、遠くても品揃えの良い大きな店に客は行ってしまうのだろう。

「何が食べたい?」
「なんでもいいよ」
「それがいちばん困るの」
「あれ? イチゴがまだある」
「ああ。だいぶ安くなってるね。食べたい?」
「うん」
 由梨にとっては果物は高級品だ。普段はバナナくらいしか食べない。
 唯一リクエストしたのはそれくらいだった。