「奇遇だねえ。あたしのとこもバーベキュー大会だったよ」
 肉肉しいことで評判のハンバーグレストランでハンバーグにかぶりついていた由梨は、目だけで相槌を打つ。美紀は笑いながらニンジンをつつく。
「そんな計画があるのは知ってたけど、あたしも誘われるとは思わなくて」
「なんで?」
「社員さんの親睦会でしょ。あたしは派遣で、よそ者だもん。だけど吉田さんが……」

 吉田さんというのは美紀と同じラインの女性社員で、美紀の憧れの人らしい。既婚者らしく落ち着いた雰囲気だが、ものすごく仕事ができるのだと美紀はいつも絶賛している。

「同じ仕事の仲間なんだからおいでよって」
「よかったね」
 晴れ晴れと嬉しそうな美紀の顔を見ていると由梨も嬉しくなる。それなのに、当の美紀は表情を曇らせる。
「でもね、申し訳なくって」
「なんで?」
「だってさ、やっぱあたしって派遣じゃん。正社員と違って、いついなくなるかなんてわかんないじゃん。なのにこんなに良くしてもらって、なんか申し訳なくなっちゃった」
「そっか」

 由梨にはわからない感慨だ。由梨はそこまで思えなかった。美紀の方がずっと職場の人たちに対する思い入れが強いということだ。人間関係ができているということだ。
 羨ましいような妬ましいようなむずがゆさを感じて、由梨は大きめに切り分けたハンバーグを口に押し込んだ。




 連休の最終日には母親のところに行った。隣町まで電車に乗って、駅から高台の住宅地への路線バスに乗った。
 由梨には実家と呼べる場所がない。両親は小学生の頃に離婚した。実父は生きているのか死んでいるのかすら知らない。
 それから母親には内縁関係の人がいた時期もあったが、相手の借金のトラブルが元で別れてしまった。
「おかげで自己破産だよ。せいせいして良かったけどね」

 それから母親は自分の母――由梨の祖母――の家で暮らしている。終の棲家として祖父が用意した和風の大きな家だが、その祖父は認知症を患い十年ほどで亡くなってしまった。
 娘たちは嫁いでしまっているから誰か戻ってきてくれと祖母はずっと言っていた。そうすると身軽に移り住めるのは独り者の由梨の母親くらいだ。

「これじゃ婚活もできない」
 この日も母はぼやいていた。どこまで冗談か本気なのかわからない。
由梨の父親は働かない人だったという。「金のない地獄」と結婚生活を評していた。きっと母には男運がないのだ。もう諦めればいいのに。