床に貼られた磁気テープに沿って走るAGV(無人搬送車)を避けながら集計パソコンの方へ行く。先に作業を終えておしゃべりしていた女の子たちがいっせいに由梨の方を見た。
「お疲れ」
 言っている間に壁の時計の針が午後十時を指そうとしている。中勤の終了時間だ。彼女たちはそれを待ち構えているのだ。

「先に帰っていいよ」
 おずおずと由梨は促す。
「いいよ。待ってるから早くやっちゃいなよ」
 いちばん年上でリーダーの先輩検査員が答える。年齢順では由梨がその下で、他の二人は更に年下だ。反対するわけがない。
「うん。ごめんね」
 焦りながら由梨はマウスを操作して、チェックシートの集計数とパソコンの集計画面のデータを合わせる。一緒に帰るわけでもないのだから先に行っててくれた方がありがたいのに、と胸の中で毒づきながら。

 急いでいるときに限ってミスをするから由梨は自分を落ち着けながら電卓を叩く。パソコン画面の数字と自分のチェックシートの合計数がぴったり合ってほっとする。
「終わりました」
「うん。じゃあ帰ろう」
 座っていた皆が立ち上がり事務スペースの明かりを落とす。

 ぞろぞろ歩き出すと、自動組み立て装置の制御盤の前にいた男性作業員が女の子たちに手を振った。
「お疲れさま」
「お先にー」
「小田くん。バイバイ」
「バイバイ」
 防塵帽とマスクの間の瞳を柔らかくして彼は応える。遅れて彼女たちの後から会釈した由梨にも彼は手を振る。
「バイバイ、由梨ちゃん」
 碌に話をしたこともない由梨のことも気安く呼ぶ。そういう人なのだ。

 既に検査の作業をしている夜勤メンバーにも挨拶してクリーンルームを後にする。そこでようやく全員が肩の力を抜く。
「終わったー」
「お腹空いた」
 給湯スペースの私物置き場から弁当箱やポーチを持って階段を上がる。この建屋は玄関が二階にあって更衣室も二階だ。
 この時間になると残業していた日勤の社員たちもさすがにいない。二階の廊下の奥の居室は無人で真っ暗だった。

 女子更衣室に入り、がやがやしゃべりながらも皆は素早く着替えをする。
 由梨は無言で作業着のズボンと上着を脱ぐ。今日は細身のジーンズで来たからその上からそのまま作業着のズボンを履いてしまった。作業着のズボンはだぼっとしているから、女の子は皆こうしている。機械の熱が籠らないようクリーンルームは冷房が効きすぎているから、冷え防止のためというのもある。決してズボラなわけではない。