七輪から上がる煙に目を細めながら由梨は思い出す。
 高校生の頃。同じクラスのバスケ部の男子に告白されて付き合うことになった。浮かれた由梨は休日の彼の部活動の日に、昼食のお弁当を作ってわたしに行った。部室の前で、他の部員の目を気にしながら彼はぎこちなく受け取りはしたが、様子がおかしかった。
 そんなことにも当時の由梨は気づかなかった。

 図書館で時間を潰して部活が終わる頃もう一度学校に行った。彼の感想を聞きたかったからだ。
 校門の前で待っていると、集団のいちばん後から彼が歩いて来るのが見えた。
「どうだった?」
 美味しかった? 尋ねる由梨に彼は無言で弁当の包みを突き出した。受け取ると重い。わたしたときと変わっていない。彼は食べなかったのだ。
 休日の部活動のときには、部員全員で近くの惣菜店に総菜パンを買いにいくのが習慣だったから。だから由梨のお弁当は食べなかった。迷惑だったのだ。

 そんなことも由梨は知らなかった。ひとりで舞い上がって相手の都合も考えず勝手にお弁当なんて作って浮かれていた。
 あんなのは恋愛じゃない。今ならわかる。恋に恋してただけだ。

 当時の由梨は、ただ恥ずかしかった。相手の気持ちを何も考えていない自分の至らなさを突きつけられて、恥ずかしかった。
 それから彼とは話もしにくくなってしまい、交際にもならないまま別れてしまった。

 それから周りの恋の話を聞く度に疑問に思うようになってしまった。みんな楽しそうだ。彼とデートして、何かをしてもらって、何かをしてあげて。
 嬉しそうに話しているけれど、相手の気持ちをわかっているのだろうか。見えているのだろうか。考えているのだろうか。
 わかっていないから、少しのすれ違いで泣いたり怒ったりしているのじゃないだろうか。別れてしまうのじゃないだろうか。その繰り返しなのではないだろうか。

 思ったら、由梨は恋愛をするのが面倒になってしまった。
 突き返されたお弁当の重さを忘れられない。あの中身は家に帰ってから母親に見つからないようにこっそり捨てた。見られてからかわれるのが嫌だったから。
 色恋沙汰でからかわれるのも気を使うのも傷つくのも嫌だ。どうせ自分には相手の気持ちなんかわからない。

「ねーえ、野菜も頼もうよ」
「サラダが食べたい!」
「そだねえ、食べ放題だもん。元取んなきゃ」
 美紀がタッチパネルを操作して、食べ放題メニューの中のシーザーサラダをオーダーしてくれる。
「肉も追加だね」
「うん!」
 とりあえずは。優しい友人がいて、お肉が食べられれば、しあわせだ。