言われてみればこの目はそうだ。職場での作業着に防塵帽とマスクを着用した姿しか見たことがないから、まるでわからなかった。
 背を伸ばして由梨は口元を押さえる。
「ごめんなさい」
「いいけど」
 白井はよく自分に気がついたなと由梨は感心する。

「で、どうする?」
「キャベツ……いいけど、どこで半分に切る?」
「うち、すぐそこだから」
 話は決まったものだと白井はひょいとキャベツを取り上げる。
「あと弁当も買ってくから」
「わたしも玉子を……」

 それぞれレジで会計をした後で一緒にスーパーを出た。由梨は自転車を引いて白井の後について行く。
 スーパーの裏側の路地を進んで小さな交差点を越えた先にあるアパートを、白井が指差した。
「あれ、派遣会社の寮」
 寮と言っても派遣会社がこのうちの数部屋を社員用に借りているということだろう。そんな話を聞いたことがある。ということは一人暮らしか。

「あんたは寮じゃないんだ」
「もともと一人暮らしだから」
 返事をしてから由梨は不審に思う。彼に一人暮らしだと教えた覚えはないのだが。
「むっちゃんが話してた」
 白井の言葉に由梨は顔をしかめる。やっぱり睦子はおしゃべりなのだ。気をつけなければ。

「二階の真ん中の部屋」
「ふうん……」
 今見上げているのはベランダ側で、教えられた場所の物干し竿代わりのロープには、Tシャツとジーンズがひっかかっていた。
 建物の向こう側に駐車場があって、二階の玄関側通路に上がる階段は、中央に付いていた。古いけれどアパートというよりマンションの体裁のようだ。

 その敷地に入る手前で由梨は足を止めた。
「ここで待ってるね」
「オレが切っていいの?」
 自分が上がり込んで台所を使うわけにはいかないだろう。由梨はなるべく明るく受け止めてもらえるよう、笑みを浮かべて頷く。
「じゃあ行ってくる」
 白井は身軽く階段を駆け上がっていく。
「襲ったりしないのに」
 ぼそっと無表情に落とされたつぶやきは、聞こえなかったことにする。

 住宅街の中の路地は静かで車もあまり通らないようだ。由梨は帰り道のことを考える。
 このまま路地を進んだ先は、車通りが多いらしく交差点を車両が通りすぎていくのが見える。スーパーに引き返すよりあの道に出た方が由梨のアパートへは近そうだ。