話していたら当の睦子がにこにこしながら近づいてきた。モップはとっくに片づけてしまったらしい。
「なになに? なんの話?」
「このモニター」
「ああ、うん。由梨ちゃん、もう時間だよ」
「あ……」
 由梨も慌ててモップを片づけに行こうとする。
「お疲れ」
「うん……」
 小田にもごもご挨拶を返す。そうだ、と白井にも挨拶をしようかと思う。だけど彼はこっちも見ずに黙々と作業をしていて声がかけられなかった。



 朝勤で嫌なことのひとつに、帰り際に休憩をしに居室から出てくる社員たちとかち合うというのがある。
「一服してけ」
 今日は係長と行き会って誘われた。睦子がコーヒーを奢ってくれるならと掛け合っている。調子よく小銭をもらって自販機でコーヒーを買う。他のふたりも付き合うことにしたらしい。

「由梨ちゃんは?」
 飲み物はどれがいい? という意味合いで睦子に尋ねられたが由梨は黙って首を振る。
「いらない? そう」
「なんだ、由梨ちゃん。帰っちゃうの?」
 さっきの組み立て係の男性社員もそうだが、この係長も色が黒い。作業着を腕まくりしたノリの良いおじさんだ。だがそれ以上はしつこくされず「お疲れさん」と声をかけられ由梨はほっとした。
 ひとりで休憩室を出る。飲み物を持って皆が喫煙室に入っていくのが見えた。

 何はともあれ、やっと嫌いな朝勤が終わった。次の夜勤は時間こそ長くて体はきついが、人が少ないからのびのびできる。何より明日が休みなのが嬉しい。翌々日の午後十時まで、今から自由の身だ。

 明日の休みに洗濯するため作業着を入れたトートバッグを持つ。靴を履き替え玄関を出て外階段を下りる。その奥が、先ほど見た搬入口の大きな扉から続く製品置き場になっている。
 振り返って見ると、扉が開いていて、セロハンを巻かれたコンテナボックスの山が乗った搭載パレットを、白井がハンドリフトで移動させているところだった。器用に切り返して決まった枠線の中にパレットを下ろす。

 面白そうだなと思って見ていたら白井が振り向いた。
「お先に失礼しますっ」 
 さっき挨拶できなかったから今度こそ、とやたら威勢のいい声が出てしまった。あり得ない、恥ずかしい。
 そんな由梨に向かって白井は無言で手を上げた。