モップで床を撫でながら移動して行くと、出口側で作業していた白井が由梨を見ているのに気がついた。手招きされる。
 由梨が寄っていくと、白井は足元を指差した。
「拭いてくれる? ここ。あんまり掃除してもらってる記憶がない」
「あ、そうだよね」
 ここではいつも作業が続いているから近づきにくいのだ。

「ちょっと待って」
 白井は素早く出口にきた製品をチェックしながら専用の緩衝材の型の中に置いていく。
「今ならいいよ」
 白井が退いた場所に入り込んで由梨は素早くモップを動かす。装置の際の床とマテハンのコンベアの下も拭く。けっこう埃が溜まっていた。
「汚いね」
「だろ」

 由梨がそのままいつもは立ち入らない組み立て係の事務スペースの方までモップを進めると、パソコンの前で仕事をしていた色黒の男性社員が目だけでにやにやしていた。
「気が利くね。机の下もやってくれる」
「はい」

 言われた通り掃除して振り返ってみれば、白井が元の場所で作業している。由梨はそのまま製品が梱包されたコンテナボックスの山をぐるりとまわることにした。
 ここが製品の搬出口になっている。フランジや制振材が種類ごとに積まれているのが見えた。
 組み立て係は物が多いのだ。中間で製品を流すだけの外観検査係とは違う。当たり前のことに気づいて由梨は感心する。

 大きな搬入扉の脇にもうひとつ机があり、その上の棚にパソコンのものとは違うらしいモニターがあった。何かを簡略化した図形のマスが緑になったり赤になったりしている。
「塗工の進捗状況だよ」
 いつの間にか近くに来ていた小田が教えてくれた。前工程の塗工係の製品の流れがこれでわかるらしい。

 由梨にとっては、コロブチカのAGVが現れる通路の向こうのクリーンルームは未知の世界だ。今いる部屋よりクラスが上なのだそうだ。塗工係の社員が宇宙服のような防塵服を着用しているのを見たことがある。

「緑色が製品ってこと?」
「色分けはここではあまり関係ないみたいだよ。色がついてれば流れてきてるってこと。右側が出口なんだって」
 見ると右下のマスに緑色が詰まっている。ひっきりなしにAGVがやって来るのはそういうことらしい。

「間が空いてるのはどうして? 品種切り替えがあるから?」
「そういうこと。ここで終わって、新しいのがここまで来てるってこと。この一区切りでかかる時間が一時間ずつらしい。だから大体三時間後にこっちも切り替えなきゃならない」
「ふうん。知らなかった……」
「外観の女の子たち、こんなこと気にしないもんね。むっちゃんは知ってると思うけど」