朝勤は神経をすり減らす代わりに時間はあっという間にすぎてくれる。最終日の昼休憩の後、もう一息だと気合を入れて由梨は検査ステーションに戻った。
 肉だ。明日には美紀と肉を食べに行くのだ。励みといえばこれしかない。

 おかげで調子が良くて、次のトレイが届く前に手元にあった分の検査をやり終えてしまった。内心しまったと思う。待ち時間ができてしまったわけだ。流れ作業の中ではこういった手持無沙汰の時間はできてはいけないのだ。
 これが夜勤だったらステーションを離れ体を伸ばして気分転換したりできるが、日勤の社員の目が多いこの時間帯だとそうもいかない。

 さいわい、コロブチカのAGV(無人搬送車)が次の製品を運んでくるところだった。由梨は何か書き物をしているふりで待ち時間をやりすごす。
 すると遮光シートの衝立の下から突然白い紙が飛び出てきた。ちょっと驚いたが、向かいで作業している検査員のふたりの仕業だとしか思えない。

 由梨はそうっと紙きれを引き寄せる。女の子らしい丸い文字で、『ゆりちゃんはカレシいる?』
 なぜに今このような質問をされるのか。学校か、と内心で毒づきつつ由梨は丁寧に『いません』と返事を書いて紙きれを返す。
 くすくすと話し声がした気もしたがコロブチカの旋律にかき消されて定かではなかった。



 そうこうしている間に次の中勤のメンバーがやって来たのか、衝立の向こうが賑やかになる。彼らが来たのだろう。
 内心でため息を吐きつつ由梨は終了作業に入る。最後に数を確認、緑色の排出ボタンを押す。事務スペースに移動して集計。

 朝勤の最後の十分間はクリーンタイムに当てられている。皆で一斉に身の回りの掃除をしようという放送が流れる。
 ラインの作業に入る中勤メンバーを見守りながら掃除用品のロッカーからモップを取り出して床を拭く。

 由梨は隅の暗がりから順々に移動して、走行するAGVに気をつけながらフロア全体を歩き回る。
 他の三人はといえば、自動組み立て装置の制御盤の前でパレットの動きを見ている小田の周りでおしゃべりしている。いつものことだ。

 由梨は彼女たちを避けるように自動組み立て装置の出口側にまわった。遠目に装置の動きを眺める。
 一つツメのロボットがドラムロールを持ち上げ流れてきたパレットに横たえる。パレットの上のドラムロールの両端に接着剤が注入され、フランジが圧入される。黒紙を巻かれて出口へと製品が出てくる。
 面白い。リズムよく全てが回っている。