「二十年以上前に夫と行ったのよ。今はもうなくなったみたいだけど、懐かしいわ」

「ここ、嵐山なんですか……?」

「ええ。この池とご神木が綺麗に収まるここは撮影スポットで、私も夫と撮ったの。それにほら、ご神木の傍にある看板に『龍神』って書いてあるでしょ?」


この写真では辛うじて文字が判別できる程度だが、凜花もそれには気づいていた。
ただ、肝心の場所はわからなかった。
写真の裏には日付が書いてあるが、場所までは記されていなかったからである。


「ここ、どうすれば行けますか……?」

「え? えっと……嵐山駅から歩いて三十分くらいだったかしら? 確か山奥で、とても不便なところでね……。でも、もうなくなったはずよ?」

「……いいんです」


なくなったのは、きっと事実なのだろう。
けれど、〝最後に〟見ておきたかった。


凜花はできる限り詳細を聞いてからお礼を言うと、着いたばかりの駅で降り、構内のATMでなけなしの全財産を下ろして静岡駅に向かった。
新幹線の切符を調達し、京都駅に向かう。その間にスマホで調べてみると、京都駅に着く頃には終電が出てしまうようだった。


誰が見てもボロボロの格好だったが、もうなにもかもがどうでもよかった。
ただ、最後に両親と行ったであろう場所に行きたかった。
凜花と両親を繋ぐものは、もうなにも残っていないからこそ、唯一の思い出を見に行きたかった。
そしたらきっと、もう思い残すことはない。


車窓から見える景色は、藍色に染まった空と街の灯り。民家や街から離れると光もあまりなく、まるで今の凜花の心の中のようだった。


(なんだか疲れたな……)


生まれて初めて、人に暴力をふるった。こらえられないほどの怒りを感じた。
慣れない行動と感情は、凜花をひどく疲弊させた。
泣き疲れたせいもあり、一気に疲労感に包まれる。
ゆっくり、ゆっくりと瞼が落ちていった。


『おいで、凜花』


夢か現か、凜花の名前を優しく呼ぶ声が聞こえた気がした。