悔しさとやるせなさで胸がいっぱいで、涙が止まらない。
職場を飛び出してすぐに自転車を忘れてきたことに気づいたが、取りに戻る気力もなかった。


行く場所なんてない。頼れる人もいない。家に帰ってもひとり。
冷たく厳しい現実が、凜花をさらに追い詰める。
帰宅してすぐ、枕元に置いてある両親の写真を手に取った。


「私……どうしてひとりぼっちなの……」


呟いた声とともに涙が零れ、ちっとも止まらない。
もう生きていくのも嫌で、いっそのこと両親と同じ場所に行きたい……と思う。
そんなことを考えてはいけないと思っても、心が悲鳴を上げていた。
その後押しをしたのは、ふと顔を上げたときに視界に入ったカレンダーだった。


「……そっか。私、明日が誕生日だ……」


祝ってくれる人も、一緒にいてくれる人もいない。
自分自身ですら、おめでたいと思えない。


行くあてもないのに家にいたくなくて、着の身着のまま貴重品が入ったバッグと二枚の写真を手に、なんとなく駅に向かった。
そのまま改札を抜けて、最初にやってきた電車に乗った。
涙を流す凜花を乗客たちは一瞬驚いたように見るが、すぐに興味がなさそうに視線を逸らす。
帰宅ラッシュには少し早い時間だったため、座席はちらほら空いていた。


適当に腰を下ろし、皺塗れの写真を優しく丁寧に伸ばしていく。けれど、もう元に戻らないことはわかっていた。
こんなことになるのなら、ラミネート加工でもしておけばよかった。
失敗するのが怖くてずっとできず、普段は大切に手帳に挟んでいたが、上手くいかなくても皺塗れになるよりはずっとよかったかもしれない。
そんな後悔が押し寄せてくる。


「あら……その写真、京都(きょうと)嵐山(あらしやま)ね?」


呆然としていた凜花の耳に、不意に柔らかい声が届いた。
右隣を見れば、優しそうな老齢の女性が写真を見て瞳を緩めている。


「ああ、間違いないわ。きっと(りゅう)神社(じんじゃ)の池ね」


女性と目が合うと、彼女はさらに優しい笑顔になった。