足がむずむずするなと思ったらくるぶしのところを蚊に刺されていた。かゆくてかいてしまうと膨らんできてしまう。ここに来るには虫よけも必要なようだ。病院内のコンビニに虫よけシールなどが売っているだろうか。

 かゆいのを我慢しながら花壇の花を種類ごとに見つめてみる。道端の花壇などでも目にしたことのある花たちだ。なのに郁子には名前がわからない。花の名前ひとつとっても、自分がいかにものを知らないかを確認して郁子はため息をつく。

 立ち上がり、コの字型になった生垣に沿って今度は反対側の小道を行ってみる。そちら側は花は見当たらず樹木ばかりが並んでいた。今は時期ではないからわからないが、ここにも花が咲いたり紅葉したりするのかもしれない。
 そう思って気をつけて見上げていると、色々な形の葉の合間に、特徴的で目立つ形の葉っぱを見つけることができた。これなら郁子にもわかる。楓のはっぱだ。カエルの手の形だから「かえで」なのだと古典の授業で習った。

 青々とした葉っぱが小さく形よく揃っている。枝が重なった部分を真下から見上げると、レースの模様のようでとても綺麗だった。紅葉していなくても眺めていられる。初めての経験に郁子は嬉しくなって首が痛くなるまで楓のレース模様を見上げていた。
 そのうち肘のところがかゆくなる。また虫に刺されてしまったようだ。やはり備えはしっかりしなければいけないらしい。郁子はまたため息をついて小道を先に進む。

 思った通り、入り口側のベンチが置いてある空間に出ることができた。さっきはいなかった老婦人がちょこんと座っている。今日は薄いむらさき色のパジャマだったが、昨日のおばあちゃんだ。
「……」
 郁子が近づいていくと、今日はすぐに顔を上げた。
「こんにちはー」
「こんにちは」
「こっちに座る?」
 ゆっくりと言葉を紡いでおばあちゃんは勧めてくれる。
「はい」

 素直に頷いて、郁子はベンチの端に腰を下ろした。それからそっと鼻をきかせる。小道を抜けたときから感じていた。なんだか甘い良い匂いがする。