「まったくもう。びっくりしたよ」
「ほんとだぜ」
「郁子まで入院なんて知らなかったからさ、修司のお姉さんが教えてくんなきゃ知らないまんまだったよ」
「……修司くんのお姉さん……」
「そうだよ。あいつもこの階であんたみたいに寝たまんまになってるの！」
　朱美と達也の前でベッドに起き上がっていた郁子は息を呑んだ。気遣うように眉を寄せた朱美は、まあねとため息をついた。

「なにがあったのかなんて聞かないでおくよ。どうせ修司が無茶したんだろうから。ね？」
　朱美に目配せされて達也も顔をしかめて頷く。
「あんたがこうやって起きれるようになって良かったよ。このままだったらどうしようってすっごく心配したんだから」
「うん。ごめんなさい……」
「謝んなくたって、いいけどさぁ」
　感極まった様子で朱美は腰を屈めて郁子に抱き着いた。甘酸っぱい香水の匂いがする。その香りが心地良くて郁子も少しだけ泣いてしまった。

「にしてもさ」
　気を落ち着かせて椅子に座りながら朱美は明るく表情を変えた。
「郁子って坂本と知り合いだったんだね」
「あ、うん。家が近くて小さい頃から……」
「まじ？　幼馴染ってやつ？　学年一の秀才でしょ、あれ」
「そうだっけ……」
「そうだよ。あんたどんだけぼんやりしてんの。あたしらだって知ってるっつうの」
「そうなんだ……」
「なにさ。あんな安全パイがいるなら修司になんか転ばなくても……」
　達也にどんと脇を小突かれて朱美は黙る。
「……ごめんっ」
　郁子は力なく首を振ることしかできなかった。

　しばらく話をした後、郁子の体調を気遣って朱美と達也は立ち上がった。
「また来るからね」
　ちょうど点滴が終わって針を抜いてもらったので郁子もベッドから足を下ろした。
「歩けるの？」
「もちろん。体力回復に中庭を散歩してもいいよって言われてるもん」
　このときには笑うことができた。ふたりを見送ってエレベーターの前まで行く。そこで朱美があっと声を上げた。
「飲み物忘れた」

　取ってくる、と郁子の病室に引き返す朱美の背中を見ながら、達也が郁子に話しかけてきた。
「あのさ……」
　――あいつをあんたに任せるよ、なんて言えればカッコいいんだろうけど。
　花火をしながら話した夏の夜のように声を潜めながら。郁子は白い顔を上げて達也を見る。彼は真剣な顔をしつつも郁子の方は見ずエレベーターのボタンを見据えている。
「ムリして修司と付き合うことないんだぞ」
「……」