それまで愚痴を吐くのはみっともないって思ってた部分があったんだけど、そうじゃないってわかって、でも逆に自分だったらこんなふうに特別仲が良いわけでもない相手の愚痴を聞いてあげられるのかなって想像して、いやムリでしょって。そう考えたらその先輩はなんていい人なんだろうって思えて。
 それで何回目かに話したときに訊いてみたの。どうしてこんなふうに悩み相談所みたいなことができるんですかって。お礼をもらえるわけじゃないのにって。そしたら先輩笑ってた。自分もこういうふうに悩みを聞いてもらって救われたことがあるからだって。どうせ何もしてあげられないのに悩みを聞くなんておこがましいって思うかもしれないけど、そうじゃない。話を聞くだけで相手の表情は明るくなるんだって自分の経験からわかったからだって。だから汐里ちゃんも、わたしにお返しだなんて考えないで、また別の誰かの話を聞いてあげてって。親切は持ち回りだからって。
 いい人っているんだなって思ったよ。こういういい人がいるから世の中成り立ってるんだって思えたの。自分の殻に閉じこもってたら気づけない。助けてって見回したなら、助けてくれる人はいるんだよ。だから私は、かつての私みたいに勝手にひとりで可哀想になってる子のことは嫌い」

 そこで汐里は扉の方に一瞬だけ視線を投げた。聡はそれに気づいたが、彼女がすぐにまた口を開いたから意識を話に集中させる。

「似た者同士は良くないってそういうこと。伸びしろがなくて建設的じゃないよ」
「なんの話だよ」
「人間関係も土台が必要ってことだよ。ベースがしっかりしてなきゃろくな積み上げができないでしょう。あやふやな子には、優しくて頼りになる策略家が合ってるってこと」

 誰のことだよ? と問おうとした聡は廊下からの足音にぎくりとした。立ち上がって扉を開ける。首を伸ばすとぱたぱたと廊下を走り去るパジャマの小さな背中が見えた。あれは郁子だ。
「……いることがわかって話してたのか?」
 顔色を変えて詰る聡を見上げ、汐里はにっと笑った。