「実体験から言ってるんだって。さっき、私は大丈夫だったのかって訊いてくれたじゃない。実は大丈夫じゃなかったんだよね、全然。なのに自分は大丈夫って思いこんでた。私はこんなことで参ったりしない、大丈夫、大丈夫って。目いっぱい無理してたんだよね。当時のバイト先の先輩がそれを教えてくれてね、汐里ちゃんは大丈夫じゃないよ、無理しないでわたしになんでも話してって言ってくれた人がいて。
 最初はその人のこと心の中で鼻で笑ってた。明るくて誰とも仲良くできてみんなを引っ張るリーダータイプの人で、私のことも服従させたいのかなって思った。ほら、私は性格悪いから。どうせ上っ面だけで良い人ぶってるんだろうって思ったの。だから適当にあしらってたら、その人、本気でぶつかってきてさ。
 わたしは本当に汐里ちゃんが心配なんだって。何もできないかもしれないけど話を聞くことはできる、一緒に悩むこともできる。だから言えないで溜め込んでる気持ちを話してみてって、泣きながら迫ってくるの。引いたよ、もちろん。ドン引き。何言ってんのこの人、たかがバイトの先輩に本音を話すわけないじゃん、バカじゃないのって。でもその人があんまり必死で、本気なことがわかって、気がついたら私も泣いてた。それでたくさんその人と話したの。母といるのが辛いんです、本当は大学にだって行きたいんですって」
 そう話す汐里は、聡が初めて見る穏やかな表情をしていた。

「自分で言ってびっくりしたの。そんなこと思ってたんだな、自分って。そんなこと思ったらいけないって気持ちを押し殺していたことがよくわかったの。自分が好きで母を助けるって決めたのに辛いなんて思ったらいけない、自分のしたいことなんて後回しだって、知らず知らずのうちにものすごく我慢しちゃってたみたいなのね、私。その先輩が言ってくれるまで気づかなかったの。自分のことなのに。バカだよねえ、バカだったのは私だよ。
 先輩は確かに話を聞いてくれただけだったけど、私はそれですごく気が楽になったのね。それまで自分がどれだけ肩肘張ってたかがわかったの。たくさん泣いてたくさん話して、随分色んなことがすっきり考えられるようになった。私の気持ちに余裕ができたからか、母の状態もそれからぐんと安定するようになったの。少しずつだけどパートにも出られるようになって。おかげでこうやって進学することができた。全部悪いものを吐き出せたおかげだよ。