「でもその祖父も仕事中の転落事故で亡くなって。遺産の形見分けでいくらかまとまった金額は貰えたけれど、実家とのやりとりはそれきりになってしまったって。今は祖母は介護状態で、全ての管理は伯父の奥さんがしてるみたい。うちの母なんかもう、いないヒトみたいな扱いだよ」

 そこで汐里はため息をつき、もらうね、と聡が買ってきたペットボトルのお茶に口をつけた。

「ええと、話を戻すと。母はうつ病だったんだよね。体調の悪さもそこからくるもので。父と一緒にいるころから症状はあったんだろうな。そこへ父が苦労をかけるようなことをして……父が再婚したことも母は知ってたんだよ。良かったね、なんて笑ってたけど内心はどうだか。それでも、病んじゃっていても、母は父に対する恨み言はひとつも言わなくて。
 それから二週間に一度くらいの割合で私は母に会いにいくようになったの。もちろん誰にもナイショでね。母は裁縫も料理も上手だったから女らしいことはみんな母に教えてもらったよ。継母とはそんな話はしなかったし。なのにあの人は恐ろしいほどカンのいい人でさ。バレちゃったんだよ。私がこっそり母に会いにいってることが」

 話に引き込まれて聡は相槌を打つのもやめていた。

「それはもう大騒ぎでさ。娘が実の母親に会いに行くのが悪いことなの? まあ、そうなることがわかってたから黙ってた私もやり方が上手くはなかったのだけど。騙されただの、こんな子は面倒みられないだの、ものすごい剣幕でさ。継母のその姿にいちばん驚いたのは修司だと思う。こいつにはかわいそうなことしたなって思ったけど、あの頃の私にとってはこいつは継母側の人間だったから。
 それでね、もうめんどくさくなって。だったら私は出ていくって宣言してやったの。高校生になったらお母さんと暮らす、通学しながらバイトだってできるしお母さんを助けるって……母に会いに行くようになってから薄々考えていたことだったから、はっきり言ってやった」