「最初に断っておくとね、自分の行いを生い立ちのせいにするのって私嫌いなの。どんな環境で育ったって立派な人は立派だし、腐った性根の奴に限ってそれを親のせいにする。私はそういう人は大嫌い」
「同意はしないけど、わかるよ」
「だから今から話すことでこいつを擁護する気はないけど、『どうして』かの答えにはなると思う」
「ああ」

「……こいつが三歳くらいの頃、父親が事業に失敗して借金を背負ったの。家には取り立ての電話がかかってきて、電話機の上に座布団をかぶせて母が怯えてたのを覚えてる。母は体が弱くて、心も弱かったのね。ノイローゼみたいになっちゃって、それで父は離婚することにしたんですって。今にして思えば、邪魔者をうまく追い払ったってことだよね」
「まさか」
「ううん。そうなの。目いっぱい働くこともできない病弱な奥さんなんて、足手まといだったんだよ。それで私たち姉弟は父と一緒にそっちの祖父母の家に移ることになって。その引っ越しの日のこと、良く覚えてるんだよね、私。雨が降ってて、こいつは父におんぶされて、私は祖母と手をつないで、自分で傘を差してた。ひとりで傘を持てるようになったねって母が褒めてくれてさ。それまで住んでた家の前で母はずっと私たちを見送ってた」
「……」

「祖父の援助があったから、借金はそこまで苦労しなくても返済の目処が立って。そしたらね、父が新しい奥さんをもらったの」
 聡は目を見開いて絶句する。汐里は口角を上げておもしろそうに笑った。
「ね、言ったでしょ。母は邪魔者だったの。継母になった人は父の学生時代の後輩で祖父母もよく知ってる人だったの。初めからこの人と結婚すれば良かったんだって祖母が父に話してた。そのときの私と弟の気持ちがわかる?」
「うん」
「優しいなあ。坂本くんは」
 汐里はくすりと笑う。嫌味かと思ったがその顔は明るかった。

「実際のところ自分がそのとき、何をどう感じたのかは覚えてないんだよね、これが。少なくとも新しいお母さんができて嬉しいとは私は思ってなかったけど、継母は計算高い人だったから修司はあっという間にそっちに取り込まれちゃった。オトコノコは単純だよね」
 肩を竦めて汐里は弟を見やった。