そうして郁子のそばに張り付いていたら、高校時代の同級生がふたり見舞いにやって来た。注目を引く不良グループに属していたふたりで、聡も名前は知っている。以前花籠とぬいぐるみを持ってきたのはこのふたりのようだ。

 郁子が目覚めていることに驚くふたりに場所を譲り、聡は一階のコンビニに行った。そこから見える坪庭の木々は、今日もさやさやと風に吹かれて木もれ日をタイルの池に落としていた。緑色の池の水面に模様のように影が映り、その隙間を縫って錦鯉が泳いでいる。汐里に名前を教えてもらったカスケードの流水は、初夏の日差しに煌めいて見えた。

 買い物をすませて病室棟に戻る。エレベーターを郁子の病室の階で降りた聡は、廊下をいつもとは反対の方向に歩き始めた。ネームプレートを見上げながらゆっくり進む。
『立花修司』
 予想通りの名前を見つけて聡は表情を引き締めた。そっと力を加減してノックをする。それから病室の扉を開ける。

 枕元には立花汐里がいてこっちを振り返っていた。聡を見てアーモンド形の目を細める。
「来ると思ったよ。でも、遅かったね」
 聡が顔をしかめると汐里はにっと笑って手招きした。
「愛しのお姫さまが目覚めてくれたんだもの。そっちに夢中よね」
「……」

 無表情にベッドへと近寄って聡は患者の顔を見下ろした。郁子と同じように腕に点滴の針を刺されて眠っている。顔色は悪いけれど儚げな感じはしない。意思の強そうな眉や口元のせいだろうか。

「郁子ちゃんは王子様の告白で目覚めてくれたけど、こいつはどうなんだろうね」
 弱々し気なつぶやきに表情を窺うと、そんな聡に汐里はもう一度にっと笑って見せた。気遣いは無用だったとわかって聡は尋ねる。

「タチバナってさ、えと……」
「こいつ? 弟だよ。坂本くん、知ってたんじゃないの?」
「苗字を知って、それから下で会って。そうじゃないかと思ったけど、年がさ」
「年齢? ……ああ。学年同じだものね、私たち。それはね、私が大学入るまで二年浪人してるから」
 けろっと言われて聡は中途半端に頷くことしかできなかった。