「恋は罪悪だから?」
 そうなのかな。好きにならなきゃ良かったのかな。修司を好きにならなければあのままで、時々は聡に慰めてもらいながら淡々と生活できていたかもしれない。そんなふうにまだ考えてしまう。やっぱり自分は身勝手だ。嫌われたって仕方ない。心からそう思う。だけど、こんな自分でも……。

(嫌わないで……)
 ずっとそばにいてくれた人。ようやく熱の灯った指先を郁子は懸命に伸ばす。
(嫌いにならないで……)
 体の脇の大きな手のひらにそっと触れる。



「郁子?」
 ぎくりと背中を強張らせ、聡は後ろを振り返る。目に涙を溜めて、ベッドの上の郁子が聡を見ていた。
「嫌いにならないで……」
 ひしゃげた声を押し出して苦しそうに咳き込む。混乱しながらもその姿が痛ましくて、聡は彼女の小さな手を握り締めた。
「大丈夫だぞ、郁子。嫌いになったりしないからな」
「うん……」

「大丈夫か? 苦しいのか?」
 おろおろしながら郁子の様子を見ていると看護師が飛んで来てくれた。
「お名前が言えますか?」
 聡を引きはがし郁子への問診を始める。下がってそれを見守りながら聡は汐里がいなくなっていることに気がついた。看護師を呼んだのは汐里なのかもしれない。意外と冷静に考えながら、聡の心臓はまだ激しく脈打っていた。痛いくらいにどきどきしていた。
 郁子の目が覚めた。安堵で目が熱くなる。郁子が目を覚ました……。




 起きたからといってすぐに退院となるわけもなく、数日間は精密検査に費やすことになった。容体の安定が確認できたら、病院内の各科を回って検査するのだという。そのときは自分が付き添うつもりで、聡はほとんどの時間を病院ですごすようになった。

 郁子は相変わらず白い頬をして、食事も少しずつ量を増やしていっている状態で、どう見てもまだまだ正常とは言えなかった。
 そんな様子の彼女を質問攻めにできるはずもない。郁子の両親が来たとき聡は席をはずしていたが、十分ほどの面会で郁子はげっそり消耗してしまったようだった。
 今は何も訊けない。聡が黙って枕元に座っていると、郁子は枕の上で顔を傾けて彼を見上げてくる。小さく笑ってくれるときもあって、聡にはそれで十分だった。