自宅に着くと、両親がすごい勢いで飛び出してきた。ろくろく娘の様子を確認もせず母親は郁子の頬を打った。ずぶ濡れで潮臭い郁子の異様さに父親が絶句して母親も騒ぎ出す。無言のまま返事をしない郁子に業を煮やし、昨夜と同じように夫婦喧嘩が始まる。

「…………」
 郁子はまた無言のままふたりの脇を通りすぎ、浴室に行ってシャワーを浴びた。着替えて濡れた髪のまま自室のベッドに横たわる。瞼が重たく下りてくる。目が熱くなってまた泣いてしまうかと思ったけど涙は出てこなかった。

 もうすべてがどうでもよくなってしまった。何も考えられない。あんなふうに人を傷つけた。こんな自分に何が言えるわけもない。何も言う資格はない。もう、どうでもいい……このまま、起き上がれなくなったとしても。


     *     *     *


「私ね、嫌いなんだよね。こういう子。ひとりで傷ついて被害者ぶって。自分がするべきことだってあったはずなのに、周りのせいにして不幸そうな顔をして。自己憐憫で殻に閉じこもって。嫌いなんだよ、こういう子」
 淡々と誰かが怒っている。その通りだと郁子は思う。どうせ自分のことなんて誰もわかってくれないと思っていた。自分の意気地のなさを棚に上げて勝手に失望していた。本当は、求めていさえすれば振り返ってくれる人がきっといただろうに。

「あなたが守ってあげる必要なんかないじゃない」
 またその通りだと郁子は思う。聡でさえ、全部をわかってくれてるわけじゃないと冷めた気持ちで考えていた。郁子の方は聡に何かしてあげたことなんてひとつもないのに。
 両親に嫌われたように、我儘を言いすぎれば聡にも嫌われるだろうと思った。聡はそんなことしない。いつだって郁子には優しい。わかってはいても甘えきることができなかった。

「郁子がどう思ってるかは関係ない。俺が、そうしたいから」
 ああ、聡はいつもそうだ。暗い水底のような場所から見上げていた水面が明るくなるのを感じた。じんわり体が温かくなる。いつも心地いい距離感にその温かさがあったのに意固地になっていた。ひとりでいることに慣れて、そうでなくちゃいけないと思い込んでいた。

 修司はそんな郁子の殻を破ってこじ開けてくれた。仲間と一緒にいるのは楽しいとさえ思わせてくれた。自分にも受け入れてくれる人たちがいた。
 だけど修司は劇薬すぎて、郁子には加減がわからなくなってしまった。