「待って! 修司くん! 待って!」
 波飛沫に頭を濡らしながら郁子は修司にしがみついて引き留めようとする。
「待って! お願い!」
「っでだよ!!」
 水圧で勢いがつかず腰を捻って修司が振り返る。
「おまえが言ったから、だからオレはっ」
「そうだよっ。だからお願い、戻ろう。修司くん、お願い……」
 波音に負けないよう声を張り上げると、潮水にやられた喉がひりひりと痛んだ。
「…………」

 咳き込む郁子の肩を掴んで修司は岸へと戻り始める。浅瀬で崩れ落ちるようにふたりは膝をついた。
 体が重い。目も鼻も喉も痛い。それよりもっと激しい衝撃で郁子は泣き始めた。何をやっているんだろう、自分は。自分自身の至らなさでまた涙が出てくる。

「なんでだよ……」
 立てた両膝に組んだ腕を置き、首が折れそうなほど俯きながら修司が波に向かって吐き出した。
「おまえが、オレがしたかったことを言ってくれたから、これで終わりだって、思ったのに!」
 声が濁って泣いていることがわかった。郁子は青ざめた顔で修司を見つめた。傷つけた。自分のひとりよがりで修司を裏切った。何も言えない。もう何も言えない。

「……」
 眉を寄せ、声を殺して郁子は泣いた。愚かなのは自分だ。事ここに至ってわかった。どうして修司を誘ったのか、独り占めしたかったからだ。理解していたわけじゃない。
 ただ自分と同じだと感じたから、郁子だから口にできたこと――死という餌で修司を独占しようとした。行きつく勇気もなかったくせに。あさましい欲望で彼を傷つけた、裏切った。もう何も言えない。

 どれくらい泣いていたかわからない。先に修司が立ち上がって郁子の手を引っ張った。濡れた髪が張り付いて俯くその顔は表情がわからない。
 くたくたの足を引きずって浜辺を後にし、路線バスが走る通りに出た。バス停があったが時間を確認する気力もなくて、ただそこに立ってバスを待った。

 やって来たバスで駅まで出て、郁子は自宅の方面へ向かう路線バスに乗り換えた。ひとりでバスに乗り込むときにも修司と言葉は交わさなかった。車窓から乗り場の通路を確認したが彼の姿はもうなかった。