『郁子?』
 怪訝そうに修司の声が大きくなる。
『おまえ、どこにいるんだ?』
 泣いてるのか? と問われて郁子は誤魔化すのをやめた。
「修司くん、来て……」
 涙と一緒に欲が飛び出す。
「すぐに来て……」



 泣きじゃくりながら話すのもやっとだったが、かろうじて居場所を伝えることができた。言われた通り、もう少し坂道を上った先のバス停の脇の公園で待っていると、道路の方からエンジンの音が聞こえてきた。原付バイクが公園の中に乗り上げてくる。
「郁子……ッ」
 声を潜め名前を呼び走り寄って来てくれた修司に、郁子は抱き着いていた。

「どうしたんだよ」
 困ったふうに眉を寄せながら修司は郁子の背中を撫でてくれた。そうやって優しくされるとますます涙が出てきて、郁子は泣き止むことができなかった。誰かにしがみついて泣くのなんて初めてだ。郁子は誰かの前で泣いたことすらなかったのだ。

 そうしているうちに頭の片隅は冷えてきて、冷静な自分が冷えた目で自分自身を見ていることに気づく。なんて迷惑なんだろう、修司は明日だって仕事に行かなければならないのに、と。

 一方で、そんな風に見られている我儘な自分の我がどんどん強くなっていくのも、郁子は感じていた。だって修司は来てくれた。泣いている自分のところに来てくれた。

「泣くなよ。オレがいるだろ、な? 泣くな、郁子」
「……修司くんはずっとわたしのそばにいてくれる?」
「おう。あたりまえだろ」
「一緒に死のうって言っても?」
 びくっと修司の手が反応する。郁子は彼の背中に腕を回して胸に顔を埋めながら言い募った。
「もうダメなの。イヤなの。死んじゃいたいの。一緒に来て……修司くん、一緒に来て」

 修司がなんて答えるのかなんて関係ない。それが郁子の最大の弱音と身勝手で。今吐き出さなければいられなかったことで。
「いいよ」
 さして逡巡の間もなく返事をされて涙が引っ込む。と同時にきつくきつく抱きしめられて驚いた。すぐに力をゆるめ修司は郁子の頬にキスをした。街灯の明かりの下で見上げたその表情は喜色満面といったふうに輝いていた。待ち望んだ瞬間がやって来たというように。

「行こうぜ」
 悪だくみをするいたずらっこみたいにきらきらした瞳に誘われ、郁子の涙に濡れた頬にも笑顔が浮かぶ。修司は満足そうに笑って郁子に手を差し伸べる。
「一緒に、死にに行こう」