そう考えて一度はスマートフォンをポケットの中に戻したものの、またすぐに取り出して画面を見つめる。電話したい衝動に駆られる。
 スマートフォンを出したり引っ込めたりしながら歩くうちに住宅街を抜け、路線バスが走る少し広い通りに出ていた。前に修司と歩いたときに、この通りをずっと上がって行けば修司の家に着くと聞いた。当然のように郁子の足はそちらに向かう。
 後から後から溢れてくる涙をハンカチで抑えながら歩いていると、段々頭の中が落ち着いてきた。涙も出なくなっていた。

 国道の横断歩道を渡ってまた住宅地に入る。両側に並ぶ家々のリビングの窓らしい場所には、暖かく明かりが灯っている。それを見て胸が痛くなりはしたけど涙はもう出てこなかった。自分はいけない子だからあの明かりを取りあげられてしまったのだと思った。
 人とうまく付き合えない。親切にしたいとも思えない。ひとりだと安心するのに寂しいとも感じる。上手に話すこともできないのに誰かに聞いてほしいと思う。自分勝手だ。

 こんなさもしい女の子のことをどうして修司は好きだと言ってくれたのだろう。いいや、修司だって、一度は郁子に愛想をつかして別れてしまったのではなかったか。
 思い出して体が凍りついた。高台の住宅地へ続く坂道の途中で郁子の足は止まってしまった。

 ――何考えてんのかわかんないような、わけのわかんない感じだよ。
 郁子にだって修司の考えていることなんてわかりはしない。ただ郁子が感じたのは、修司の寂しい瞳に自分だけが気づいたのだということだけ。自分だから気づけたのだという事実だけ。
 それが好きだからなのかはわからない。だから修司が郁子を好きだと言ったのかはわからない。わからないけど郁子はどうしようもなく修司に引っ張られて気持ちも体も向かってしまう。
 それをまた自覚して。自覚したら無性にまた泣けてきた。泣きながら歩き出す。

 春先の夜風は冷たくて頬が冷える。鼻の頭を赤くして坂道の歩道をてくてく歩いていたら、上着のポケットの中で着信音が響いた。
『悪い。まだ起きてたか?』
「…………」
『寝る前に声、聞いておこうと思って』
 修司のひそやかな声が電話越しに聞こえてくる。口元を手で押えて嗚咽を我慢していた郁子は、こらえきれずにしゃくりあげた。