郁子に罵声を浴びせ続ける母親を、後から出てきた父親が咎める。おまえが悪いから郁子がこうなったのだろう、と。それに対して母親があなたこそ、と反論する。
 どうやら両親はお互いに家を空けているとは思わず、互いがひとりで郁子の面倒を見ているだろうと思っていたようだ。なんておめでたいのだろう。

 郁子の夜歩きを叱りつけていたはずなのに、いつの間にか両親の罵り合いになっている。リビングに場所を移して本格的に夫婦げんかを始めた親の横を素通りして、郁子は二階の自分の部屋に入った。

 ドアを閉めても階下から刺々しい声がもれ聞こえてくる。郁子が帰ってくるまでの間にだって、口論していたのだろうに。
 久々の直接対決だ。ヒートアップした母親の破壊行動が始まるかもしれない。思いながら、床に座って抱きしめたクッションに郁子は顔を埋める。

 程なく壁やら床を打つような音や皿を割るような音が聞こえてきた。やっぱりだ。母親が物を投げつけたり、台所から皿を持ってきて床に叩きつけたりしているのだ。
 後で自分が掃除しなければならないのに、どうしてわざわざそんなことをするのか。母親は愚かだと郁子は思う。

 この分だと今夜は冷蔵庫から玉子を持ち出して父親のスーツに当て始めるかもしれない。母親の最終戦法がこれだ。これをやられると父親は慌てて外へと逃げ出す。
 そして母親はひとしきり泣いた後、滅茶苦茶になった部屋の掃除を始めるのだ。
 今日の結末までを想像して郁子は耳を両手でふさぐ。いつものことだ。こうしていればやがて静かになる。いつもそうだから。

 だけどこの夜は、なぜだか郁子はじっと待つことができなかった。母親の金切り声が聞こえて物が割れる音が響いた後、堪えきれずに部屋を出て階段を走り下りた。
 リビングでは両親が相手の主張を聞くつもりもなく互いに酷い言葉を投げつけ合っている。耳をふさいでその横を通りすぎ、玄関でさっき脱いだばかりの靴を履いて郁子は外に飛び出した。