「よお」
「うん……お疲れさま……」
 使いなれない言葉を郁子がはにかんで言うと、修司は郁子の頭に手を置いて、いつものかばの遊具に座る。

 知り合いに紹介された工場で修司は早々に働き始めていた。創業したばかりで実績もまだない会社だが、実務を評価する主義の若い社長で、年齢には関係なくやればやっただけ給料が貰えるという。
「その人、中卒なんだぜ。オレと一緒だな」
 明るく笑う修司は仕事を楽しんでいるようだ。まずは金属部品の簡単な切断作業をしているのだという。
「図面の見方を覚えれば、もっと複雑な機械加工のオペレーターをやらせてもらえるって。頑張るぜ」

 持て余したエネルギーを注ぎこめる対象ができた修司は、とても張り切っていた。それが仕事やイベントのような身になることにしろ、酒を飲んで夜遊びするような悪いことにしろ、全力でやってしまうのが修司なのだ。
 郁子にもそれがわかってきていた。郁子が一緒にいるようになってから少なくとも、他人の迷惑になるようなことはしていないということも。

 ――修司が人間としていい奴だって良くわかってる。けれどあまり感心しないな。よく考えてみろ。

 夏に教師に言われたとき、何も言い返せなかった自分を郁子は恥じている。今なら修司を弁護することができるだろうか。口下手な郁子には、今も具体的な言葉が浮かんではこないけれど。

「怪我だけはしないでね」
 一生懸命、修司の仕事の話を聞いた後、郁子がそれだけを言うと、彼はまた明るく笑って頷いた。



 送ってくれるというのを断り、修司が心配するので、いつもは歩いてしまう距離を路線バスに乗って帰った。すっかり夜歩きに慣れてしまった郁子の感覚では、バスが走っている時間帯は「まだ早い時間」だったのだ。

 ところが、自宅に戻りガレージに二台のクルマ――父親のものと母親のもの――が停まっているのを目にした郁子は顔色を変えた。今日に限って、と気持ちを重たくしながら玄関に入る。

 明かりがもれるリビングの仕切りのドアを開け、母親が飛び出してきた。こんな時間まで何をしてたの、と郁子を叱りつける。
 今までどこにいたのかとこっちが質問してやりたい気持ちを抑えて、郁子はくちびるを噛む。